【名前が変わった理由】朝乃山英樹から朝乃山広暉への改名に隠された経緯
朝乃山の名前を調べる際、最初に整理しておきたいのが、四股名と本名の違いです。
現在の四股名は「朝乃山広暉(あさのやま・ひろき)」です。かつて使用していた「朝乃山英樹」は、2017年の新十両昇進時から2022年6月まで使われていた名前です。
高砂部屋の公式力士名鑑には、四股名の変遷が「石橋〜朝乃山英樹〜朝乃山広暉」と記載されています。つまり、朝乃山英樹という人物が別に存在するのではなく、同一人物の名前が変わったということです。
改名の理由は恩師への思いと父から受け継いだ名前
実は、朝乃山英樹という四股名の下の名前には、特別な由来がありました。
「英樹」は、富山商業高校時代の恩師である浦山英樹さんから授かった名前です。高校時代に相撲の指導を受けた恩師への敬意が込められていました。
しかし、2021年の不祥事による出場停止処分を経て、2022年7月場所で土俵に戻る際、朝乃山は下の名前を変更しました。
2022年7月の復帰場所を前にした報道陣への説明では、不祥事を起こした以上、恩師の名前を名乗り続けることはできないという思いがあったと明かしています。
そこで選んだのが、父親から授かった本名の「広暉」でした。母親とも相談し、復帰のタイミングに合わせて改名を決断したと報じられています。
この改名には、単なる名前の変更以上の意味があります。
恩師への敬意を忘れず、自分の過ちと向き合い、父から授かった名前で新たな相撲人生を始める。朝乃山広暉という現在の四股名には、再出発への決意が込められているのです。
朝乃山の名前を整理すると?
- 本名:石橋広暉
- 初土俵時の四股名:石橋
- 2017年〜2022年6月:朝乃山英樹
- 2022年7月以降:朝乃山広暉
- 現在の読み方:あさのやま・ひろき
なお、日本相撲協会の現在の力士プロフィールでも、本名は石橋広暉、所属は高砂部屋と確認できます。
【富山県から大関へ】朝乃山の出身地・近畿大学・輝かしい実績
朝乃山広暉の基本プロフィール
- 生年月日:1994年3月1日
- 出身地:富山県富山市
- 所属:高砂部屋
- 本名:石橋広暉
- 身長:188cm
- 体重:172kg
- 最高位:大関
- 得意技:押し・右四つ・寄り
相撲を始めたのは小学校4年生
朝乃山は富山県富山市の出身です。
小学校4年生のときに相撲を始め、呉羽中学校、富山商業高校へと進学しました。高校時代には選抜高校相撲十和田大会で個人準優勝を経験しています。
その後、近畿大学経営学部へ進学。大学相撲でも実績を重ね、4年生だった2015年には全国学生相撲個人体重別選手権大会で優勝しました。
さらに、同年の全日本相撲選手権大会でも上位に進出。アマチュア相撲で培った実力が、プロ入り後の急成長につながりました。
2016年に高砂部屋から初土俵
大学卒業後は高砂部屋に入門し、2016年3月場所で初土俵を踏みました。
当初は本名の石橋で出場していましたが、2017年3月場所の新十両昇進に合わせて朝乃山英樹へ改名します。
同年9月場所には新入幕を果たし、幕内でも早くから存在感を示しました。
近畿大学の公式発表によると、朝乃山は同大学経営学部の卒業生で、体育会相撲部の出身です。大学卒業後に角界へ進んだ学生相撲出身力士として、着実に番付を上げていきました。
2019年の幕内優勝が出世の転機
朝乃山のキャリアで大きな転機となったのが、2019年5月場所です。
西前頭8枚目で臨んだこの場所では、横綱・大関を含む強豪との対戦を重ねながら白星を積み上げ、最終的に12勝3敗で幕内初優勝を達成しました。
平幕力士による優勝として大きな注目を集め、殊勲賞と敢闘賞も同時に受賞しています。
この優勝によって、朝乃山の名前は全国的に広く知られるようになりました。母校の近畿大学でも凱旋パレードが企画され、大学側が卒業生の快挙を祝福しています。
2020年3月に大関昇進が決定
幕内優勝後も安定した成績を残し、2019年11月場所には新三役へ昇進。2020年1月場所から関脇として大関を目指す立場になりました。
2020年3月場所では11勝4敗を記録。直前3場所の合計は32勝で、一般的な大関昇進の目安とされる33勝には1勝届きませんでした。
それでも、相撲内容や安定した成績が評価され、2020年3月25日の臨時理事会で大関昇進が正式決定しました。
大関として番付に載ったのは2020年7月場所です。富山県出身者としては、明治以降では111年ぶりの大関誕生という歴史的な出来事でもありました。
【出場停止から復帰まで】朝乃山が経験した番付降下と再起
朝乃山の経歴を語るうえで避けられないのが、2021年の出場停止処分です。
大関まで上り詰めた力士が幕下、三段目まで番付を落とし、再び幕内に戻るまでには、長い時間が必要でした。
2021年の不祥事と6場所の出場停止
2021年5月、朝乃山が新型コロナウイルス感染症対策のガイドラインに違反し、緊急事態宣言下で複数回、接待を伴う飲食店を訪れていた問題が明らかになりました。
さらに、日本相撲協会の調査に対して当初は事実を否定し、その後に行動を認めたことも問題視されました。
日本相撲協会は2021年6月11日の臨時理事会で、朝乃山に対して6場所の出場停止処分と6か月間の報酬50%減額を決定しました。
大関の地位も維持できず、長期間の休場によって番付は大きく降下しました。
この処分は、単に土俵から遠ざかるだけではなく、これまで積み上げてきた地位を失うという厳しい結果をもたらしました。
2022年7月、三段目から再出発
6場所の出場停止期間を終え、朝乃山が復帰したのは2022年7月場所です。
初土俵を踏んだときと同じ三段目100枚目格付け出しに近い位置から、再び番付を上げる挑戦が始まりました。
この復帰場所では四股名を朝乃山広暉へ変更。恩師の名前から父親に授かった名前へと改め、新たな出発を切りました。
復帰初日には白星を挙げ、久しぶりに本土俵へ戻れたことへの喜びと、応援してくれる人々への感謝を報道陣に語っています。
2023年に関取復帰、幕内にも再昇進
復帰後は実力を発揮し、2023年1月場所で十両へ復帰しました。
この場所では12勝3敗で十両優勝を達成。翌2023年5月場所には幕内復帰を果たしています。
大関経験者としての実力を示し、再び幕内上位を狙える位置まで戻ってきました。
2024年の大けがと2025年の再復帰
しかし、復帰後の道のりは順調なものばかりではありませんでした。
2024年には膝の大けがに見舞われ、長期休場を余儀なくされました。特に左膝前十字靱帯断裂という重傷は、力士としての競技生活にも大きな影響を与えるものでした。
2025年3月場所、235日ぶりに土俵へ戻ると、三段目で7戦全勝を達成。見事に三段目優勝を飾りました。
富山県知事も、治療とリハビリを経ての復帰と優勝を公式コメントで祝福しています。
その後の番付推移も着実でした。
- 2025年5月場所:幕下14枚目で6勝1敗
- 2025年7月場所:幕下筆頭で5勝2敗
- 2025年9月場所:十両13枚目で12勝3敗
- 2025年11月場所:十両4枚目で12勝3敗
- 2026年1月場所:幕内復帰
出場停止処分に続く大けがという二度の大きな試練を経験しながら、再び幕内上位を目指せる位置まで戻ってきたことは、朝乃山のキャリアを特徴づける重要な部分です。
【2026年最新番付・秋場所成績】朝乃山は東前頭筆頭まで復活
2026年の朝乃山は、幕内復帰後も勝ち越しを重ね、番付を上げてきました。
日本相撲協会の公式力士プロフィールによると、2026年9月場所は東前頭6枚目で10勝5敗。この結果を受け、2026年11月場所では東前頭筆頭に昇進しています。
2026年の場所別成績一覧
出典:日本相撲協会公式力士プロフィール、朝乃山富山後援会の戦歴記録。2026年10月30日時点。
2026年秋場所の10勝5敗は何を意味する?
2026年9月場所の朝乃山は、東前頭6枚目で15日間を戦い、10勝5敗という成績を残しました。
この10勝は、幕内での二桁勝利としては2023年5月場所以来、約3年ぶりの記録です。
場所の前半から中盤には優勝争いに加わり、13日目には熱海富士を破って10勝目に到達しました。しかし、14日目の藤ノ川戦、千秋楽の義ノ富士戦で連敗し、最終的には10勝5敗で場所を終えています。
富山テレビの報道によると、朝乃山自身は前半・中盤に喫した3敗を惜しみ、勝てる相撲を取り切れなかったことを課題として挙げていました。
優勝争いに加わるだけの力を示した一方、最後まで優勝を狙うには取りこぼしを減らす必要があることも浮き彫りになりました。
2026年11月場所は東前頭筆頭
2026年11月場所の番付では、朝乃山は東前頭筆頭に位置しています。
これは幕内の前頭として最上位にあたる地位です。三役である小結や関脇のすぐ下に位置するため、上位力士との対戦が増える重要な番付でもあります。
ここで勝ち越しを続ければ、三役復帰への道が見えてきます。
ただし、11月場所は10月30日時点では開幕前です。したがって、東前頭筆頭という情報は確定した番付であり、11月場所の勝敗や最終成績を意味するものではありません。
【生涯戦歴と現在の実力】朝乃山は再び大関を目指せるのか
朝乃山の強みは、恵まれた体格と右四つからの攻めです。
188cm、172kgという体格を生かし、相手に十分な体勢を取らせず前に出る相撲を得意としています。
日本相撲協会のプロフィールでも、得意技として押し、右四つ、寄りが挙げられています。
生涯戦歴と受賞歴
2026年11月場所時点の日本相撲協会公式記録では、朝乃山の生涯戦歴は次のとおりです。
生涯戦歴(64場所)
幕内戦歴
287勝182敗101休
大関戦歴
51勝24敗30休
幕内優勝
1回
十両優勝
1回
その他の優勝・受賞歴
- 幕下優勝:1回
- 三段目優勝:2回
- 殊勲賞:2回
- 敢闘賞:3回
- 技能賞:1回
- 金星:1個
出典:日本相撲協会公式プロフィール。2026年11月場所時点の掲載値。
この数字を見ると、朝乃山は大関として51勝を挙げた実績を持つ一方、出場停止やけがによって休場数も多くなっています。
通算成績だけで現在の実力を判断するのではなく、直近の場所でどのような相撲を取っているかを見ることが大切です。
朝乃山の相撲スタイルと強み
日本相撲協会が掲載する直近6場所の決まり手傾向では、87番の取組における勝利数は55番。主な決まり手の割合は次のとおりです。
- 寄り切り:約47%
- 押し出し:約18%
- 上手投げ:約7%
特に寄り切りが多い点は、朝乃山の相撲の特徴をよく表しています。
右四つの体勢を作ってから前に出る形は、相手に圧力をかけやすく、持ち前の体格も生かせます。押し出しでも勝てるため、組み合う展開だけに頼らない攻撃力も備えています。
今後の展望は三役復帰と上位定着
2026年11月場所の東前頭筆頭という番付は、朝乃山にとって重要な意味を持ちます。
2025年3月の三段目優勝から、十両復帰、幕内復帰、前頭上位への進出と段階的に番付を上げてきました。
今後の評価で注目したいポイントは3つあります。
1. 上位力士との対戦で勝ち越せるか
前頭筆頭では、三役経験者や上位常連との対戦が増えます。下位の力士に対する安定感だけでなく、上位との直接対決で勝てるかが問われます。
2. 膝の状態を維持できるか
過去に大きな膝のけがを経験しているため、15日間を安定して戦い抜くことが重要です。勝ち星だけでなく、休場せずに場所を終えられるかも評価のポイントになります。
3. 取りこぼしを減らせるか
2026年秋場所では10勝を挙げましたが、終盤の連敗によって優勝争いから後退しました。序盤・中盤の相撲を確実に白星につなげられれば、さらに上を目指せる可能性があります。
元大関という肩書だけで現在の実力を判断するのは適切ではありません。現在の番付、直近の勝敗、けがの状態、上位力士との対戦内容を合わせて評価する必要があります。
【朝乃山英樹・朝乃山広暉に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:朝乃山英樹は現在、何という四股名ですか?
A1:現在の四股名は朝乃山広暉(あさのやま・ひろき)です。2022年7月場所から変更されています。
Q2:朝乃山広暉の本名は何ですか?
A2:本名は石橋広暉です。四股名の下の名前である「広暉」は、本名と同じ表記です。
Q3:朝乃山の2026年11月場所の番付は?
A3:東前頭筆頭です。2026年9月場所で10勝5敗を記録した後、番付を上げました。11月場所の成績は10月30日時点ではまだ確定していません。
Q4:朝乃山はなぜ大関から陥落したのですか?
A4:2021年に新型コロナウイルス対策ガイドライン違反などが発覚し、日本相撲協会から6場所の出場停止処分を受けたためです。休場によって番付が大きく下がりました。
Q5:朝乃山は幕内優勝を何回していますか?
A5:幕内優勝は1回です。2019年5月場所に西前頭8枚目で12勝3敗を記録し、初優勝を果たしました。
Q6:朝乃山は大関に復帰できますか?
A6:2026年11月場所時点では東前頭筆頭です。大関への再昇進は確定していません。まずは三役復帰と上位での安定した勝ち越しが課題になります。
まとめ:朝乃山広暉の現在地と今後の注目ポイント
朝乃山英樹という名前で知られた元大関は、現在、朝乃山広暉として高砂部屋に所属し、幕内上位で戦っています。
2019年の幕内初優勝、2020年の大関昇進という華々しい実績を持ちながら、2021年の出場停止処分、2024年の大けがという大きな試練も経験しました。
それでも、2025年3月の三段目優勝を足掛かりに、2026年には幕内で10勝を挙げ、11月場所では東前頭筆頭まで番付を戻しています。
今後、朝乃山の動向を追う際には、次の情報を区別して確認すると、現在の状況を正しく把握できます。
- 名前:朝乃山英樹は過去の四股名、現在は朝乃山広暉。
- 本名:石橋広暉。
- 最高位:大関。
- 2026年秋場所:10勝5敗。
- 2026年11月場所:東前頭筆頭。
- 今後の焦点:三役復帰、上位戦での勝ち越し、けがを抱えず15日間を戦い抜くこと。
朝乃山の現在は、単なる元大関の復活劇ではありません。失った地位を一から積み上げ、再び上位へ挑む過程そのものに価値があります。
2026年11月場所でどのような相撲を見せるのか。そして、再び三役、大関を狙える存在になれるのか。富山県出身の実力者が歩む第二の土俵人生から、引き続き目が離せません。 (出典: 朝 乃山 英樹(Yahoo!ニュース))