レイザーラモンRG「あるある言いたい」の元ネタは?誕生秘話と笑いの仕組みを徹底解説
「あるある言いたい〜、早く言いたい〜」。レイザーラモンRGの代名詞ともいえる「あるある言いたい」は、誰もが知っている名曲を歌い続け、肝心のあるあるをなかなか言わない独特の歌ネタだ。最後まで引っ張った末に飛び出す一言と、周囲の芸人による「はよ言えや!」というツッコミ。この組み合わせが生み出す笑いは、単なる替え歌とは違う魅力を持っている。
誕生のきっかけは、TBS系『リンカーン』の企画だった。石井明美の「CHA-CHA-CHA」、FUJIWARAの藤本敏史が楽屋で口にした一言、そしてケンドーコバヤシの後押し。複数の芸人との関係から育ったネタは、やがてDVD化されるほどの代表作になった。2025年12月のニッポン放送出演でもRG本人が誕生秘話や即興で作る方法を語っており、2026年現在も、その独特な芸の構造を知る手がかりは残されている。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 元ネタ:石井明美の「CHA-CHA-CHA」に乗せた歌舞伎あるあるが原点。最初のネタの着想にはFUJIWARA藤本敏史の一言があった。
- 誕生秘話:2009年の『リンカーン』出演をきっかけに、長い歌の後であるあるを発表するスタイルが形になった。
- 面白さの秘密:曲の再現力、オチを待たせる演出、周囲のツッコミが一体となった集団芸にある。
【元ネタは『CHA-CHA-CHA』だけではない——歌舞伎あるある誕生の裏側】
RGの「あるある言いたい」の元ネタを調べると、必ず登場するのが石井明美のヒット曲「CHA-CHA-CHA」だ。しかし、曲そのものがネタのすべてを生み出したわけではない。
最初のネタが生まれるまでには、ケンドーコバヤシによるものまねのきっかけと、FUJIWARA藤本敏史の楽屋での発言という、別々の出来事が関係している。
ケンドーコバヤシの一言から始まった市川AB蔵
2023年1月の集英社オンラインのインタビューで、RGは芸人人生の転換点となった出来事を振り返っている。
当時のRGは、市川海老蔵(当時)のものまねを持ちネタにしていた。きっかけは、相方HGの結婚式で丸坊主の礼服姿でスピーチの練習をしていた際、ケンドーコバヤシから海老蔵に似ていると指摘されたことだった。
その後、RGは市川AB蔵というものまねキャラクターを展開。歌舞伎の世界を題材にした芸にもつながっていく。
ここで重要なのは、ケンドーコバヤシが単にネタを評価しただけの人物ではないという点だ。RGの芸風を見つけるきっかけを与え、その後もあるあるの可能性を広げる先輩として関わり続けた。
最初のあるあるは藤本敏史の楽屋での発言だった
あるあるの具体的な内容を生み出したのは、FUJIWARAの藤本敏史だった。
当時、RGはTBS系『リンカーン』のあるあるネタオーディションに参加することになった。ところが、歌舞伎あるあるを披露しようにも、なかなかアイデアが浮かばない。
そんなとき、楽屋で藤本が話していた歌舞伎の師匠に関する一言が耳に入った。それが、鏡越しに弟子を叱りがちという内容だった。
RGはこの着想をネタに取り入れることを決めた。2025年12月のニッポン放送『大沢あかね LUCKY 7』でも、この誕生エピソードを改めて説明している。藤本にネタとして使う許可を得たという経緯も紹介された。
さらに、単に「弟子を叱る」と言い切るのではなく、「怒りがち」という語尾に変更した。断定を避けることで、誰かを強く批判する印象が薄れ、共感を誘う表現になったのだ。
なぜ「CHA-CHA-CHA」だったのか
歌舞伎あるあるを披露する際、RGが選んだのが石井明美の「CHA-CHA-CHA」だった。
海老蔵のものまねから歌舞伎を連想し、そこから当時のものまね芸に関連する「おーいお茶」のイメージを経て、同曲へつながったというのが、RGが語っている誕生の流れだ。
当初から完璧に計算された笑いの構成があったわけではない。用意できたあるあるが一つしかなかったため、歌で時間をつなぐ必要があった。
しかし、この偶然が結果的に大きな発明となった。あるあるをすぐに発表せず、歌のサビまで引っ張るという、現在まで続く基本構造がここで生まれたのである。
【2009年『リンカーン』で形になったRGのあるある誕生秘話】
あるあるネタが誕生した背景には、レイザーラモンの活動状況も関係している。
コンビの知名度が急上昇したのは2005年。HGの「フォー!」という決め台詞が大ブレイクし、レイザーラモンは全国的に知られるようになった。しかし、相方の活躍とRG自身の芸人としての評価は、必ずしも同じペースで進んでいたわけではなかった。
2009年にはHGがプロレスの仕事で全治8カ月の大けがを負い、RGは一人で仕事を獲得する必要に迫られた。集英社オンラインのインタビューでは、当時の苦しい生活やオーディションを受け続けていた状況も語られている。
『リンカーン』の芸人エレベーターが転換点に
RGが初めてあるあるを披露した舞台として、集英社オンラインの2023年の取材では、2009年のTBS系『リンカーン』の人気企画「芸人エレベーター」が紹介されている。
この企画では、芸人がエレベーターに乗り、扉が開いたところで待ち受ける出演者に向かってネタを披露する形式だった。
RGは市川AB蔵の格好で「CHA-CHA-CHA」を歌い、歌舞伎あるあるを発表しようとした。しかし、歌を引っ張りすぎた結果、肝心のあるあるを言う前にエレベーターの扉が閉まってしまった。
撮影スタッフが最後にあるあるを言うことを説明し、撮り直しになったというエピソードも残っている。
この出来事が象徴的なのは、ネタの中心が当初の想定とは違うところにあったからだ。観客や出演者が面白がったのは、あるあるの内容だけではなく、なかなか言わないという演出そのものだった。
誕生から定着までの主な出来事
あるあるネタは、テレビで一度披露しただけで完成したわけではない。その後、先輩芸人との飲み会やラジオ、ライブを通じて磨かれていった。
- 1997年:RGがHGとお笑いコンビ「レイザーラモン」として活動を開始。
- 2000年:ABCお笑い新人グランプリで審査員特別賞を受賞。
- 2005年:HGの「フォー!」が大ブレイクし、コンビの知名度が上昇。
- 2009年:HGのけがを経て、RGが『リンカーン』の企画であるあるを初披露。
- 2010年以降:飲み会や芸人仲間との交流を通じてネタの種類と集団芸の形を拡大。
- 2011年:東日本大震災後、ライブに参加できなかった人などからあるあるのお題を募り、発信を続けた。
- 2013年3月6日:あるあるを収録したDVD『GREATEST HITS』を発売。
- 2025年12月:ニッポン放送の番組で、誕生秘話と即興でネタを作る方法を改めて語った。
なお、誕生時期については、2018年の日刊SPA!のインタビューでRGが2007年ごろと振り返った例もある。一方、集英社オンラインの詳細な取材では2009年の『リンカーン』初披露とされ、2025年のラジオ出演では2009〜2010年ごろと説明されている。年の回想には幅があるものの、『リンカーン』での披露が大きな転換点だったことは共通している。
【誰が「あるある」を育てた?ケンコバ・フジモンら関係者の役割】
RGのあるあるを理解するうえで欠かせないのが、周囲の芸人たちとの関係だ。
本人も日刊SPA!の2018年のインタビューで、このネタは自分一人のピンネタではなく、周囲のツッコミがあって成立する集団芸だと説明している。
実際、誕生から定着までには、先輩芸人の助言、楽屋での何気ない発言、飲み会での無茶ぶりなど、多くの人の関与があった。
主要な関係者と役割を整理すると、次のようになる。
| 人物・関係者 | 関係・役割 | あるあるへの影響 |
|---|---|---|
| レイザーラモンRG | ネタの演者・構成者 | 市川AB蔵のものまねと歌を組み合わせ、長い前振りと短いオチを確立。 |
| レイザーラモンHG | 相方 | 2009年のけがでRGの単独活動が増え、新しい持ちネタを必要とする状況になった。 |
| ケンドーコバヤシ | 先輩芸人・アドバイザー | 海老蔵のものまねのきっかけを与え、別の曲への展開や即興ネタを後押し。 |
| 藤本敏史(FUJIWARA) | ネタの着想提供者 | 歌舞伎の師匠と弟子に関する一言が、最初のあるあるの題材になった。 |
| 宮川大輔 | 飲み会での同席者 | ケンドーコバヤシとの飲み会で手羽あるあるを振られた際に同席。 |
| 今田耕司・千原ジュニア・博多大吉ら | 先輩芸人・観客・ツッコミ役 | 飲み会や楽屋でネタを振り、反応やツッコミを通じて芸を磨いた。 |
| シオプロのスタッフ | 番組制作関係者 | 『リンカーン』のオーディションで、あるあるをなかなか言わない構成を評価。 |
ケンドーコバヤシが広げた「手羽あるある」
最初の披露後、RGのあるあるがすぐに大きな仕事につながったわけではなかった。
そこで重要な役割を果たしたのがケンドーコバヤシだ。集英社オンラインの2023年のインタビューによると、ケンドーコバヤシはRGに対し、最初の「CHA-CHA-CHA」だけでなく、いろいろな曲に乗せてあるあるを披露するよう助言した。
あるとき、中目黒の焼き鳥店でケンドーコバヤシと宮川大輔と飲んでいたRGに、手羽のあるあるを求める無茶ぶりが飛んだ。
RGが選んだのは、好きだったバービーボーイズの「目を閉じておいでよ」。この手羽あるあるがケンドーコバヤシに大いに受けたことが、曲と題材を自由に組み合わせる方向性を強めた。
「はよ言えや!」が芸を完成させた
さらに重要なのが、今田耕司をはじめとする先輩芸人のツッコミだ。
RGが歌い続け、なかなかあるあるを言わない。その間に周囲が「はよ言えや!」と声を入れる。すると、RGの引っ張る時間が単なる長さではなく、観客全員が参加する笑いの時間へ変わる。
集英社オンラインの取材では、ケンドーコバヤシとの飲み会や、先輩芸人たちとの繰り返しの実演によって、この呼吸が確立されていった経緯が紹介されている。
日刊SPA!のインタビューでも、RGは周囲の芸人たちが一丸となって盛り上げてくれた経験を挙げ、集団芸という考え方を説明している。
【なぜ最後まで引っ張ると面白い?あるあるネタを成立させる5つの仕組み】
RGのあるあるが面白い理由は、単にあるあるの内容が優れているからではない。歌、時間、期待、ツッコミ、オチという複数の要素が組み合わさっている。
1.知っている曲だから観客が先を予測できる
まず大きいのは、使用する曲の知名度とメロディーの分かりやすさだ。
「CHA-CHA-CHA」や「目を閉じておいでよ」など、耳になじみのある曲が流れると、観客は自然に原曲の展開を思い出す。
イントロからAメロ、Bメロ、サビへ進む音楽の構造を共有できるため、どのタイミングであるあるが飛び出すのかを想像しながら楽しめる。
2.オチを遅らせることで期待が積み重なる
一般的なあるあるネタは、共感できる内容を提示して笑いを取る。しかしRGの場合、あるあるを言うまでの時間そのものがネタになる。
観客は最初、歌を楽しむ。次に「そろそろ言うのではないか」と期待する。そしてサビに入っても言わないことで、期待がさらに大きくなる。
この繰り返しが笑いの緊張感を生み出す。オチが一言しかなくても、そこに至るまでの時間を共有しているため、短い言葉が強い印象を残すのだ。
3.「あるある」の一言が日常の共感を呼ぶ
RGのあるあるは、誰もが何となく感じていた行動や習慣を、短い言葉で切り取ることが多い。
2013年のMANTANWEBの取材では、即興の例として、帽子を後ろ向きにかぶりがち、短パンにスパッツを合わせて原色のアイテムを入れがちといった観察が紹介されている。
こうしたネタは、聞いた瞬間に情景が浮かぶ。しかも、普段は言葉にしないような細かな行動を指摘するため、「確かにそういう人がいる」という共感が生まれる。
4.「〜しがち」という語尾が笑いを柔らかくする
あるあるの語尾に使われる「〜しがち」も重要な要素だ。
「必ずそうする」と断言すると、個人への批判や決めつけに聞こえる場合がある。しかし「〜しがち」と表現すれば、傾向や雰囲気を伝える言葉になる。
そのため、少し意地悪な観察でも攻撃的になりにくい。誰かを否定するのではなく、みんなが薄々感じていた特徴を笑いに変えられる。
5.ツッコミによって観客が参加者に変わる
最後の仕掛けが、周囲の芸人によるツッコミだ。
RGが歌い、周囲が待ち、我慢できなくなったところで「はよ言えや!」と声を上げる。このやり取りが繰り返されることで、観客にも同じ感情が生まれる。
面白さを作っているのは、RGだけではない。歌を止めないRGと、絶妙なタイミングでツッコむ周囲が一緒になって、笑いのリズムを生み出している。
つまり、RGのあるあるは「オチを聞いて笑う芸」であると同時に、「オチを待ちながら全員で笑う芸」でもある。この二重構造こそが、長い歌ネタを飽きさせない最大の理由だ。
【曲選びにも秘密がある!名曲を使った歌ネタの魅力】
RGのあるあるでは、選ぶ楽曲もネタの完成度を左右する。
曲は単なるBGMではない。原曲のメロディーやリズムをどこまで再現できるかが、あるあるの面白さに直結する。
中高生時代に聴き込んだ曲を選ぶ理由
集英社オンラインの2023年のインタビューでRGは、即興で歌う際にはリズムや音程がぶれず、相手に伝わることが大切だと説明している。
そのため、自然と中高生時代によく聴いていた好きな曲を選ぶようになったという。
これは非常に合理的な選択だ。何度も聴いた曲であれば、イントロの特徴やメロディーの流れを体に覚え込ませている。即興でお題を振られても、曲の構造を崩さずに歌いやすい。
原曲の再現力が笑いを支える
RGは、原曲のキーを下げずに歌うことや、ギター、ベース、ドラムの特徴的な音を声で表現することにもこだわっている。
さらに、サビでは原曲の歌詞を残すことで、観客が元の曲を認識しやすくする工夫もある。
2023年の集英社オンラインの取材では、バービーボーイズの「目を閉じておいでよ」を歌う際、杏子とコンタのツインボーカルをパートごとに歌い分けることも紹介された。
ここまで原曲を再現するからこそ、あるあるの一言が入ったときに、音楽と笑いのギャップが際立つ。
DVD『GREATEST HITS』に見る代表的な選曲
2013年3月6日に発売されたDVD『GREATEST HITS』は、RGのあるあるの魅力をまとめて楽しめる作品だ。
MANTANWEBの発売当時の紹介記事や、作品の収録情報によると、全10曲で構成され、名曲ごとに異なる題材のあるあるが披露されている。
代表的な組み合わせは次のとおりだ。
- 石井明美「CHA-CHA-CHA」:歌舞伎あるある
- TUBE「シーズン・イン・ザ・サン」:豆腐あるある
- X JAPAN「WEEK END」:パンダあるある
- 安全地帯「ワインレッドの心」:鍋あるある
- クリスタルキング「大都会」:アパートあるある
- BARBEE BOYS「目を閉じておいでよ」:あるあるの代表的な使用曲
- ZIGGY「GLORIA」:ライブ映像を活用したあるある
- 中村あゆみ「翼の折れた天使」:RGが自信作として挙げた楽曲
特に注目したいのは、曲のジャンルや雰囲気と、あるあるの題材が必ずしも一致していない点だ。
壮大なロックナンバーに日常的な豆腐あるあるを乗せる。感情豊かなバラードに、鍋やアパートの話を組み合わせる。この意外性も笑いを生む重要な仕掛けになっている。
2013年にはライブDVD『Live in Japan』も発売されており、楽曲とあるあるの組み合わせが一つの作品として展開されていったことが分かる。
【ゴッドタン・水曜日のダウンタウンとの接点と2026年の現在地】
RGのあるあるがテレビ業界で評価された背景には、ネタの新しさを見抜いた番組制作側の存在もある。
日刊SPA!の2018年のインタビューでRGは、オーディションであるあるを評価したスタッフについて、『ゴッドタン』や『水曜日のダウンタウン』にも参加している人たちだったと振り返っている。
これは、両番組であるあるネタが誕生したという意味ではない。『リンカーン』のオーディションで評価された独特の構成を、制作側が面白いと判断したことに注目したい。
テレビだけではなく飲み会やラジオでも成長
あるあるが定着した背景には、テレビ出演以外の活動もある。
集英社オンラインのインタビューによれば、2010年以降のRGは飲み会でも頻繁にあるあるを披露していた。千原ジュニアの集まりでは、同じ曲を何度も歌って先輩からツッコミを受けるほどだったという。
ケンドーコバヤシのラジオ番組への出演や、テレビ朝日系の年末番組『楽屋ニュース』での披露も、あるあるが芸人仲間の間で広がるきっかけになった。
さらに、2011年の東日本大震災後には、ライブの中止などで集まったあるあるのお題に応える形で、発信を続けた経験もある。観客やリスナーから題材を受け取り、それを芸に変える仕組みが育っていった。
2025年のラジオ出演で明かした即興ネタの作り方
2025年12月22日から26日にかけて、RGはニッポン放送の『大沢あかね LUCKY 7 supported by 犬塚製作所』にゲスト出演した。
番組では、あるあるを即興で作る方法についても説明している。
RGによると、あるあるが思い浮かばないことは珍しくなく、歌いながら考えることもある。本人は、この作業を「おろす」と表現していた。
例えば、から揚げあるあるを求められても、すぐに気の利いた答えが出るとは限らない。その場合には「おいしい」というシンプルな表現に着地することもあるという。
このエピソードから分かるのは、RGのあるあるが単純な定型文の繰り返しではないことだ。15年ほどの経験を積み重ね、さまざまなお題に対応するための引き出しや逃げ道を身につけている。
2026年も注目したいのは音楽と笑いの融合
2023年の集英社オンラインのインタビューでは、RG自身が音楽を取り巻く環境の変化についても語っていた。
動画配信では著作権の問題から既存楽曲をそのまま使うことが難しい場合があり、オリジナル曲を作ることを考えた時期もあったという。
一方、サブスクリプション型の音楽配信サービスが広がったことで、若い世代がRGの歌う80年代の楽曲に興味を持つ可能性も生まれている。
実際に、あるあるをきっかけに昔の楽曲を聴いたという反応があったことも、本人がインタビューで紹介していた。
この点は、RGの芸が単なる懐かしさに依存していないことを示している。知らない曲であっても、音楽としての魅力を伝えられれば、新しい世代が原曲に興味を持つ入口になり得る。
【あるある言いたいに関するよくある質問(FAQ)】
Q1:レイザーラモンRGの「あるある言いたい」の元ネタは何ですか?
A1:石井明美の「CHA-CHA-CHA」に乗せた歌舞伎あるあるが原点です。最初のあるあるの着想はFUJIWARA藤本敏史の楽屋での発言で、ケンドーコバヤシによる市川海老蔵のものまねのきっかけも関係しています。
Q2:「あるある言いたい」はいつ誕生したのですか?
A2:集英社オンラインの取材では、2009年のTBS系『リンカーン』の「芸人エレベーター」で初披露したとされています。本人の別の回想には2007年ごろや2009〜2010年ごろという幅もあります。
Q3:なぜRGはあるあるを最後まで言わないのですか?
A3:歌のイントロからサビまで引っ張ることで、観客の期待を高めるためです。さらに、周囲からの「はよ言えや!」というツッコミが加わることで、待たされる時間そのものが笑いになります。
Q4:ケンドーコバヤシはRGのあるあるにどう関係していますか?
A4:市川海老蔵のものまねのきっかけを与えたほか、「CHA-CHA-CHA」以外の曲でもあるあるを披露するよう助言しました。手羽あるあるを振ったことも、ネタの幅を広げるきっかけになっています。
Q5:RGのあるあるが収録されたDVDはありますか?
A5:あります。2013年3月6日に『GREATEST HITS』が発売されました。「CHA-CHA-CHA」「シーズン・イン・ザ・サン」「WEEK END」など、全10曲の名曲を使ったあるあるが収録されています。
Q6:RGのあるあるは一人で成立する芸ですか?
A6:RG本人は集団芸だと説明しています。歌い続ける本人だけでなく、タイミングよくツッコミを入れる芸人や観客の反応が加わって完成する芸です。
まとめ:【プロの結論】RGの「あるある言いたい」は待つ時間まで笑いに変える芸
レイザーラモンRGの「あるある言いたい」は、石井明美の「CHA-CHA-CHA」を使った歌舞伎あるあるから始まった。FUJIWARA藤本敏史の一言を題材にし、ケンドーコバヤシら先輩芸人の後押しを受けながら、独自の歌ネタへと成長していった。
その魅力は、あるあるの内容だけにあるのではない。曲を忠実に再現する音楽的なこだわり、サビまでオチを引っ張る構成、最後の一言が生む共感、そして周囲のツッコミが組み合わさっている。
特に重要なのは、観客が笑うタイミングを最後の一言だけに限定していないことだ。いつ言うのかを待つ時間、まだ言わないことへの焦れったさ、周囲のツッコミまで含めて、一つの完成されたパフォーマンスになっている。
あるあるネタの面白さを見極めるなら、次の3点に注目したい。
- 共感性:聞いた瞬間に具体的な日常の場面を想像できるか。
- 意外性:誰もが知っていることを、少し違う角度から切り取れているか。
- 演出との相性:音楽や間、ツッコミによって、最後の一言を待つ時間まで楽しめるか。
RGのあるあるは、短い動画や即効性のある笑いが求められる時代にも、長い前振りそのものを価値に変えられる芸の可能性を示している。
2026年に改めて振り返っても、最も面白いのは、あるあるを言う瞬間だけではない。観客全員が「もう早く言ってくれ」と思いながら、その歌を最後まで聴いてしまうことだ。
「早く言いたい」という言葉を何度も繰り返すことで、言わない時間まで笑いに変える。そこに、レイザーラモンRGのあるあるが長く愛されてきた理由がある。
主要な取材・確認資料:集英社オンラインのRG本人インタビュー、日刊SPA!の本人インタビュー、ニッポン放送の2025年12月番組情報、MANTANWEBの2013年DVD発売時の取材記事、よしもとニュースセンターの発売発表。 (出典: ある ある 言い たい(Yahoo!ニュース))