石井大裕の現在は?2026年TBS退社・TOMODE BASE設立と陸上GM転身を徹底解説
石井大裕(いしい・ともひろ)さんは、2026年にTBSテレビを退社し、新会社「TOMODE BASE(トモードベース)」の代表として新たなキャリアをスタートさせました。さらに、同年4月には株式会社LOCOKの取締役兼LOCOK陸上競技クラブのゼネラルマネジャー(GM)に就任。テレビ局のスポーツアナウンサーから、スポーツ・教育・映像制作を横断する事業家へと活動の幅を広げています。
1985年生まれの石井さんは、慶應義塾大学法学部政治学科を卒業した元プロテニス選手でもあります。松岡修造さんの「修造チャレンジ」で鍛えられ、錦織圭選手とジュニア時代を過ごした経験は、後のスポーツ取材にもつながりました。2026年10月現在の活動、TBS退社の理由、兄・石井大貴さんとの関係、結婚や子どもに関する情報まで、これまでの歩みを整理します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 現在の活動:2026年1月6日にTBSを退社し、TOMODE BASE代表として新たな事業を展開。
- 陸上界への転身:2026年4月1日付でLOCOKの取締役兼陸上競技クラブGMに就任。
- テニス時代:松岡修造さんの修造チャレンジに選出され、錦織圭選手ともジュニア時代に交流。
- 学歴:慶應義塾高等学校を経て、慶應義塾大学法学部政治学科を卒業。
- 家族:2017年に結婚し、2019年に第1子となる女児が誕生したと報じられている。
【2026年最新】石井大裕の現在は?TBS退社後の仕事と活動を整理
2026年10月現在、石井大裕さんはテレビ局に所属するアナウンサーではなく、株式会社TOMODE BASEの代表として活動しています。
また、株式会社LOCOKの取締役を兼ね、同社が運営するLOCOK陸上競技クラブではGMを担当。さらに、東レの創立100周年記念企画にも出演するなど、スポーツと企業、教育をつなぐ仕事に取り組んでいます。
2026年1月6日付でTBSを退社
石井さんのTBS退社が明らかになったのは2026年1月1日です。スポニチアネックスが報じたところによると、退社日は1月6日付。2010年の入社以来、約16年間にわたって在籍した同局を離れることになりました。
最後の担当番組となったのは、スポーツニュース番組「S☆1」です。2026年1月4日深夜の放送で番組卒業を報告しました。
番組では、大谷翔平選手や松山英樹選手への取材、世界陸上で活躍した選手たちとの出会いを振り返り、スポーツへの愛情と視聴者への感謝を伝えました。
2022年4月から担当してきた「S☆1」のキャスターを離れることは、本人にとっても大きな節目だったはずです。
現在はTOMODE BASE代表として活動
TBS退社の翌日となる2026年1月7日には、新会社TOMODE BASEを立ち上げました。
スポニチアネックスの取材によると、社名には自身の名前に由来する「とも」、流行や時代の動きを意味する「モード」、そして活動の拠点を意味する「ベース」という思いが込められています。
事業の方向性は、スポーツや日本文化など、日本が持つ魅力的なコンテンツを海外へ発信するメディア事業です。
単に番組に出演するだけではなく、自ら企画を考え、制作し、出演者としても情報を届ける。つまり、アナウンサーとして培ってきた発信力を、事業全体のプロデュースに生かす構想です。
2026年10月17日に開催された慶應連合三田会の連三田シンポジウム公式登壇者プロフィールでも、株式会社TOMODE BASE代表として紹介されています。司会者、アンバサダー、プロデューサーとして活動していることも記載されています。
東レの100周年企画「東レポ」にも出演
2026年5月には、東レ株式会社の創立100周年記念企画「東レポ」にエクスプローラー(探検家)として参加しました。
東レの公式発表によると、配信開始日は2026年5月21日。石井さんが企業の現場に入り、社長へのインタビューや工場・研究所の取材などを通じて、ものづくりの裏側や社員の挑戦を伝える企画です。
今後は陸上、テニス、ピックルボールなどのスポーツ現場や、子ども向けの科学教室なども取り上げる予定とされています。
アナウンサー時代のスポーツ取材とは異なり、企業の技術や文化を伝える役割も担っている点が特徴です。
【退社理由を検証】石井大裕がTBSを辞めた本当の理由とTOMODE BASE設立の背景
石井大裕さんのTBS退社について気になるのが、「なぜ安定したテレビ局を辞める必要があったのか」という点です。
報道によると、退社の直接的な理由は、新会社の代表に就任するためでした。ただし、その背景には本人が以前から抱いていた海外向けコンテンツ制作への意欲があります。
退社の直接的な理由は法人代表への就任
2026年1月1日付のスポニチアネックスの報道では、TBSの社内規則として、社員と法人代表を兼務できないことが退社の理由として説明されています。
新会社TOMODE BASEの代表になるためには、TBSの社員であり続けることが難しかったという事情です。
そのため、1月6日にTBSを退社し、翌7日に新会社を立ち上げるという日程になりました。
ここで押さえておきたいのは、退社が不祥事や番組降板などによるものと報じられているわけではないことです。スポニチアネックスは円満退社と伝えており、本人も新たな事業への挑戦を理由として説明しています。
本人が語ったTBSへの思いと新しい目標
スポニチの取材に対し、石井さんはTBSについて、働きやすく、子育てに関する希望も聞いてくれる居心地のよい会社だったと振り返っています。
そのうえで、新しい挑戦への決意を次のように説明しました。
「ただ覚悟を持って、大きな目標にチャレンジしたい気持ちが強くなりました」
また、日本のコンテンツを欧米など世界に向けて、自分自身で制作して発信したいという思いも語っています。
この発言から見えてくるのは、アナウンサーという仕事を嫌になって辞めたのではなく、活動の主体を広げたかったという方向性です。
アナウンサーからプロデューサーへ、仕事の軸が変わった
テレビ局のアナウンサーは、番組の企画や放送方針、制作体制など、組織の枠組みの中で仕事を進めます。一方、自ら会社を立ち上げれば、企画の立案から出演、映像制作、海外展開まで、より広い範囲に関わることができます。
石井さんは、TBS在籍中にも映像制作を手掛けていました。ウクライナの女子走り高跳び選手ヤロスラワ・マフチフを題材としたドキュメンタリーも、その一例です。
また、スポニチの報道では、BBCスポーツや韓国・台湾のメディアから出演依頼を受け、海外メディアでもスポーツ解説を行っていたことが紹介されています。
こうした経験を踏まえると、TOMODE BASEの設立は、アナウンサーとして培った国際的な取材力や映像制作の経験を、自らの事業として発展させる選択だったと考えられます。
【プロフィール・経歴】石井大裕の学歴は慶應義塾大学!元プロテニス選手の意外な過去
石井大裕さんは、1985年6月5日生まれ、東京都出身です。2026年10月31日時点で41歳になります。
現在のスポーツメディアでの活動を理解するうえで欠かせないのが、アナウンサーになる前のテニス選手としての経歴です。
慶應義塾高等学校から慶應義塾大学法学部へ
石井さんは慶應義塾高等学校を卒業後、慶應義塾大学に進学しました。卒業した学部・学科は法学部政治学科です。
ただし、大学時代は一般的な学生生活とは異なっていました。海外のテニストーナメントを転戦するため、大学を2年間休学しています。
2021年の慶應塾生新聞のインタビューでは、競技生活に区切りをつけて大学に復学した当時の心境を振り返っています。
テニス選手としての道を諦めることには葛藤があったものの、大学に戻り、授業や学友との交流を通じて視野が広がったと語っています。
6歳から始めたテニスでジュニアの有望選手に
石井さんがテニスを始めたのは6歳の頃です。
ジュニア時代には全日本ジュニア室内テニス選手権で準優勝するなど、国内でも高い実績を残しました。海外のジュニア大会にも出場し、世界スーパージュニアのダブルスでベスト4に進出した経歴もあります。
慶應義塾高校を卒業した後は、単身でヨーロッパに渡り、イタリアを拠点に海外の大会を転戦。プロテニスプレーヤーとして世界ランキングにも名を連ねました。
しかし、度重なる故障に苦しみ、2006年に現役生活に終止符を打ちます。
競技者として世界の頂点を目指した経験と、故障によって進路変更を迫られた経験。その両方が、後のスポーツ取材における選手への理解につながっています。
石井大裕のプロフィール・経歴年表
| 時期 | 出来事・経歴 | ポイント |
|---|---|---|
| 1985年6月5日 | 東京都で誕生 | 2026年10月時点で41歳 |
| ジュニア時代 | テニスで頭角を現す | 修造チャレンジに選出、全日本ジュニア室内準優勝 |
| 高校卒業後 | ヨーロッパへ渡る | イタリアを拠点に海外大会を転戦 |
| 2006年 | テニス選手を引退 | 度重なる故障が背景 |
| 2009年 | 慶應義塾大学を卒業 | 法学部政治学科 |
| 2010年4月 | TBSテレビに入社 | スポーツ・報道分野で活躍 |
| 2023年 | 世界陸上ブダペスト大会 | 江藤愛アナウンサーと総合司会 |
| 2026年1月6日 | TBSテレビを退社 | 新会社設立に伴う転身 |
| 2026年1月7日 | TOMODE BASEを設立 | 代表として新事業を開始 |
| 2026年4月1日 | LOCOK取締役兼GMに就任 | 陸上クラブの運営に参加 |
| 2026年5月21日 | 東レポ配信開始 | 東レ100周年企画のエクスプローラー |
| 2026年10月17日 | 連三田シンポジウムに登壇 | 司会者として活動 |
この年表で注目したいのは、テニス選手からアナウンサー、そして事業家へと転身している点です。競技者としての経験を捨てたのではなく、異なる立場からスポーツに関わり続けていることが石井さんのキャリアの特徴です。
【修造チャレンジと錦織圭】石井大裕との関係は?世界陸上での活躍も解説
石井大裕さんの名前を検索すると、松岡修造さんや錦織圭選手との関係がよく話題になります。
その理由は、石井さんがTBSのアナウンサーになる以前から、テニスのジュニア選手として両者と関わっていたためです。
松岡修造の修造チャレンジに選ばれた実力者
石井さんは12歳のとき、松岡修造さんが主催する「修造チャレンジトップジュニア」のキャンプに選出されました。
このキャンプは、将来の日本テニス界を担う有望なジュニア選手を育成する取り組みです。石井さんは参加選手の中で主将も務めたと報じられています。
当時から実力とリーダーシップを備えた選手だったことがうかがえます。
松岡さんは単に技術を教えるだけではなく、競技に向き合う姿勢や精神面の強さも重視する指導者として知られています。石井さんの取材スタイルに見られる情熱的な姿勢にも、ジュニア時代の経験が影響しているのかもしれません。
錦織圭とはジュニア時代からのテニス仲間
錦織圭選手との接点も、修造チャレンジなどのジュニア時代にさかのぼります。
石井さんは錦織選手より年上の先輩で、同じ松岡修造さんの指導を受けながら練習した関係です。日刊スポーツやデイリースポーツなどの過去の報道でも、錦織選手がジュニア時代に憧れた先輩として紹介されています。
2014年の全米オープンでは、錦織選手が準決勝に進出した際、石井さんがその快挙に涙を流したことが報じられました。
同年、錦織選手は日本人男子として初めて全米オープンの決勝に進出。石井さんは現地へ赴き、長年のテニス仲間としての視点を交えながら取材しました。
このエピソードは、単に有名選手と知り合いという話ではありません。自らも世界を目指して戦った経験があるからこそ、錦織選手が歩んできた道の厳しさや、世界大会で勝ち進むことの意味を深く理解できたのでしょう。
世界陸上との意外な縁はセルゲイ・ブブカから
石井さんが陸上競技に強い関心を持つようになった背景には、棒高跳びのレジェンド、セルゲイ・ブブカさんとの出会いがあります。
2023年に公開されたTBSのインタビューで、石井さんは高校時代に海外でテニスに取り組んでいた際、ブブカさんの自宅に居候していた経験を明かしました。
ブブカさんの息子がテニス選手で、石井さんのライバルでありダブルスのパートナーだったことが縁の始まりです。
ブブカさんと一緒に陸上大会を観戦した経験が、陸上競技への興味を深めるきっかけになったといいます。
その後、2013年から世界陸上に携わり、2023年のブダペスト大会では江藤愛アナウンサーと総合司会を担当しました。
さらに2025年の世界陸上東京大会でも、選手に寄り添った取材やリポートで存在感を示しています。
テニス選手として海外を転戦した経験、陸上界のレジェンドとの交流、長年のスポーツ取材。この3つが結び付いたことが、石井さんならではのスポーツジャーナリズムを形づくってきました。
【LOCOK陸上クラブGM】石井大裕と兄・石井大貴の関係、新しいスポーツ教育とは
2026年の転身で大きな注目を集めたのが、LOCOK陸上競技クラブのGM就任です。
アナウンサーから陸上クラブの運営者になるという異色のキャリアですが、この背景には実兄の石井大貴さんと、幼少期から親しんできた教育とのつながりがあります。
兄の石井大貴は株式会社LOCOKの代表取締役
石井大裕さんの兄は、石井大貴さんです。
株式会社LOCOKの公式会社概要では、石井大貴さんが代表取締役を務めていることが確認できます。
大裕さんは、2026年4月1日付で同社の取締役に就任し、LOCOK陸上競技クラブのGMも担当することになりました。
兄弟は以前から音楽活動でも知られており、2014年には「Well stone bros.(ウエルストーンブラザーズ)」というユニットでCDデビューを果たしています。
つまり、2026年のLOCOKへの参加は、兄弟の間で新たに生まれた関係というより、以前から続いてきた仕事や活動のつながりが、スポーツ・教育の領域に発展したものと見ることができます。
LOCOK陸上競技クラブでの役割
2026年4月7日、株式会社LOCOKは陸上競技クラブの新体制を公式発表しました。
発表された主な役職は次のとおりです。
- 取締役兼GM:石井大裕
- 監督:岡田久美子
- アカデミーディレクター:関根花観
- 所属選手:梅野倖子
岡田久美子さんは競歩で五輪3大会連続出場を果たした実績を持つ選手です。関根花観さんもリオデジャネイロ五輪の女子1万メートル代表経験を持っています。
梅野倖子選手は競歩の日本代表として活動しており、世界の舞台を目指すアスリートです。
石井さんはGMとして、選手や指導者が競技に集中できる環境づくりやチームの運営に携わります。
「PROJECT やれば、できる!」が目指すもの
LOCOK陸上競技クラブの新体制とともに発表されたのが、全世代型プロジェクト「PROJECT やれば、できる!」です。
このプロジェクトの特徴は、陸上競技を単なる競技成績の追求にとどめず、教育や社会貢献と結び付けていることです。
株式会社LOCOKは、幼児教室「つくし会」などを運営しています。公式発表では、幼少期から身につける努力や継続の姿勢を、スポーツを通じて社会に広げることを目指しています。
具体的には、トップアスリートを子どもたちにとっての「生きた教科書」と位置付け、挑戦する姿勢や粘り強さを伝える構想です。子どもだけでなく、シニア世代も含めた幅広い世代への働きかけを掲げています。
石井さん自身もLOCOK公式サイトで、幼少期につくし会で学んだ経験があることを明かしています。
この点は、GM就任の意味を理解するうえで重要です。外部から招聘された単なるスポーツ担当者ではなく、教育理念を自分自身の原体験として理解している人物が運営に加わったという側面があります。
アナウンサー経験は陸上クラブの運営にどう生きる?
競技経験のあるGMやスポーツ取材経験のある運営者には、競技者と一般社会の双方の視点を持てる利点があります。
石井さんの場合、自身がテニス選手として海外で戦った経験に加え、TBSで世界陸上や五輪、WBCなどを取材してきました。
競技者がどのような環境で力を発揮するのか、試合に向けてどのような準備が必要なのかを、選手と取材者の両方の立場から理解しています。
さらに、メディアでの発信力を持っていることも強みです。競技の魅力を伝え、選手の挑戦を知ってもらい、子どもたちや地域社会との接点をつくることができます。
GM就任時には、愛する陸上界への恩返しと、スポーツと教育の新しい可能性を切り拓く決意を示しました。
今後は、競技力の向上だけでなく、選手の活動を社会的な価値につなげられるかが、石井さんの運営手腕を評価するポイントになりそうです。
【結婚・妻・子ども】石井大裕の家族構成は?兄弟や結婚相手の情報も整理
石井大裕さんは仕事では積極的に情報を発信してきましたが、家族については公表されている情報が限られています。
過去の新聞・スポーツ紙の報道から、結婚と第1子誕生については確認できます。
2017年5月に結婚したことが報じられている
2017年3月、日刊スポーツなどが石井さんの結婚を報道しました。
報道によると、結婚相手は大手食品会社の役員令嬢で、同年5月に都内のホテルで披露宴を行う予定とされていました。
2019年のスポニチアネックスの記事では、妻はロッテホールディングス副会長を務めていた重光昭夫氏の次女と紹介されています。
一方、妻の氏名や現在の詳しい職業、夫婦の日常生活などについては、継続的な公表情報は多くありません。
2019年4月に第1子となる女の子が誕生
2019年4月4日付のスポニチアネックスは、石井さんに第1子となる女児が誕生したと報じました。
誕生日は2019年4月3日です。石井さんは出産に立ち会い、父親になった喜びを語ったと伝えられています。
また、当時は子育てに積極的に関わる意向を示していました。報道では、4月と5月にそれぞれまとまった休みを取って育児に取り組む予定だったことも紹介されています。
2026年10月現在、当時の第1子誕生は報道で確認できますが、その後の子どもの人数や詳しい家族構成については公表情報が限られています。
兄・石井大貴との関係も仕事上の重要なつながり
家族関係でもう一人注目したいのが、兄の石井大貴さんです。
大貴さんは株式会社LOCOKの代表取締役であり、大裕さんは同社の取締役兼陸上クラブGMを務めています。
兄弟は音楽ユニットWell stone bros.として活動した過去もあり、仕事の領域を変えながら、それぞれの経験を生かしてきました。
現在は、兄が会社の代表として事業を率い、弟が陸上競技クラブの運営と対外的な発信を担う関係になっています。
なお、家族のプライバシーに関わる情報については、報道された結婚・出産の事実と、現在の詳細な家族構成を区別して理解することが大切です。
【プロの結論】石井大裕の転身から見えるスポーツメディアの新しい可能性
石井大裕さんのキャリアを振り返ると、単純なアナウンサーから実業家への転職では説明しきれない、一貫したテーマが浮かび上がります。
それは、スポーツの魅力を伝えるだけでなく、スポーツを通じて人や社会に新しい価値を生み出すことです。
競技者・取材者・事業家という3つの経験
石井さんのキャリアには、大きく3つの段階があります。
- 競技者:海外の大会を転戦し、プロテニス選手として世界に挑戦。
- 取材者:TBSで約16年間、世界のアスリートやスポーツ大会を取材。
- 事業家:TOMODE BASE代表、LOCOK陸上クラブGMとしてスポーツと教育の仕組みづくりに参加。
この3つの経験は、それぞれ独立しているわけではありません。
競技者としての挫折を知っているからこそ、取材では選手の努力や葛藤を理解できる。取材者として多くの競技や選手を見てきたからこそ、今度は運営側から競技環境を支えることができる。
そして、映像制作やメディア出演の経験を生かせば、選手の挑戦をより多くの人に届けることも可能です。
今後の評価で注目すべき3つのポイント
石井さんの新しいキャリアを評価する際には、次の3点に注目すると、活動の実態が見えやすくなります。
1. TOMODE BASEがどのような海外向けコンテンツを生み出すか
日本のスポーツや文化を海外に発信するという構想が、どのような番組や映像作品として形になるかが第一の注目点です。企画力だけでなく、継続的な制作体制や海外での視聴者獲得も重要になります。
2. LOCOK陸上競技クラブが選手の成長を支えられるか
GMとしての成果は、知名度や発信力だけでは測れません。選手が競技に集中できる環境を整え、指導者との連携を深め、競技面と教育面の双方で成果を生み出せるかが問われます。
3. スポーツと企業・教育をつなぐ新しいメディア活動
東レポのような企業の現場を掘り下げる企画は、スポーツ中継とは違う領域です。技術、ものづくり、教育、アスリートの挑戦を結び付けることで、従来のスポーツ番組では届かなかった視聴者層にもアプローチできる可能性があります。
今後の活動を判断するときは、肩書きや話題性だけではなく、実際にどのような企画を制作し、選手や社会にどのような成果をもたらしているかを見ることが大切です。
石井大裕の現在・経歴・家族に関するよくある質問(FAQ)
Q1:石井大裕は2026年にTBSを退社したのですか?
A1:はい。2026年1月6日付でTBSテレビを退社しました。1月4日深夜の「S☆1」が最後の出演となり、翌7日には新会社TOMODE BASEを立ち上げました。
Q2:石井大裕の現在の会社は何ですか?
A2:株式会社TOMODE BASEです。2026年から代表を務め、スポーツや日本文化などのコンテンツを国内外に発信するメディア事業を目指しています。
Q3:石井大裕はLOCOK陸上クラブで何をしていますか?
A3:2026年4月1日付で株式会社LOCOKの取締役兼LOCOK陸上競技クラブのGMに就任しました。選手や指導者を支えるチームづくりやスポーツ教育の取り組みに携わっています。
Q4:石井大裕と錦織圭はどのような関係ですか?
A4:ジュニア時代に松岡修造さんの修造チャレンジなどで練習を共にしたテニスの先輩・後輩です。石井さんは錦織選手の活躍を2014年の全米オープンなどでも取材しています。
Q5:石井大裕の出身大学はどこですか?
A5:慶應義塾大学法学部政治学科です。慶應義塾高等学校を卒業後に進学し、テニスの海外遠征による休学を経て2009年に卒業しました。
Q6:石井大裕は結婚していますか?子どもはいますか?
A6:2017年5月に結婚したと報じられています。2019年4月3日には第1子となる女児が誕生したことも報道されました。その後の詳しい家族構成は広く公表されていません。
Q7:石井大裕の兄は誰ですか?
A7:兄は石井大貴さんです。株式会社LOCOKの代表取締役を務めており、大裕さんは同社の取締役兼陸上競技クラブGMとして活動しています。
まとめ:石井大裕はTBS退社を機にスポーツと教育の新領域へ
石井大裕さんは2026年1月6日にTBSテレビを退社し、翌7日にTOMODE BASEを立ち上げました。退社の背景には、法人代表を兼務できない社内規則に加え、日本のスポーツや文化を世界に発信したいという本人の強い意欲がありました。
さらに4月には、兄・石井大貴さんが代表を務める株式会社LOCOKの取締役兼陸上競技クラブGMに就任。5月には東レの100周年記念企画「東レポ」にも参加し、10月には慶應連合三田会のシンポジウムで司会を務めています。
松岡修造さんの指導を受けたジュニア時代、錦織圭選手と切磋琢磨したテニス選手時代、そしてTBSで世界のトップアスリートを取材してきた経験。そのすべてが、現在の活動の土台になっています。
【プロの結論】石井大裕さんの転身の本質は、スポーツを「伝える側」から「支える側・生み出す側」へと役割を広げたことにあります。
今後の注目点は、TOMODE BASEによる海外向けコンテンツの展開と、LOCOK陸上競技クラブが掲げるスポーツと教育の融合が、どこまで具体的な成果につながるかです。
アナウンサー時代の知名度だけに頼らず、競技者としての経験と取材者としての視点を事業に還元できるか。2026年に始まった新しい挑戦は、石井大裕さんのキャリアにおける次の大きな勝負になりそうです。
主な確認資料
- スポニチアネックス:2026年1月1日付のTBS退社・新会社設立報道。
- LOCOK公式発表:2026年4月7日の陸上クラブ新体制発表。
- 慶應塾生新聞:学歴、大学時代の休学、テニス引退後の進路に関するインタビュー。
- 東レ株式会社:2026年5月の「東レポ」配信開始発表。
- 慶應連合三田会:2026年10月17日の登壇者プロフィール。
- スポニチアネックス:2019年の第1子誕生報道。
- 日刊スポーツ:修造チャレンジ、テニス経歴、錦織圭選手との関係。 (出典: 石井 大 裕(Yahoo!ニュース))