大谷翔平の背番号は2026年も17!日本ハム11・侍ジャパン16の変遷と由来を徹底解説
2026年10月31日現在、大谷翔平の背番号はロサンゼルス・ドジャースでおなじみの「17」です。エンゼルス時代から引き継いだこの番号は、ドジャース移籍時にジョー・ケリーが譲ったことでも大きな話題になりました。一方、日本ハム時代には「11」、侍ジャパンでは「16」を着用しており、所属チームや代表活動によって番号が異なります。
さらに2026年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)でも、大谷は侍ジャパンの背番号16を着用しました。なぜ17番を選んだのか、日本ハムの11番にはどんな背景があるのか、そしてジョー・ケリーとの背番号交換にはどんなエピソードがあったのか。公式選手プロフィールやMLB、NPB、侍ジャパンの公開情報をもとに、歴代の背番号とその由来を整理します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 現在の背番号:2026年10月現在、ドジャースで「17」を着用。
- 日本時代の背番号:北海道日本ハムファイターズでは「11」、侍ジャパンでは「16」。
- 17番の由来:花巻東高校1年時に着用した番号で、新しい挑戦のスタートに選んだ。
- ドジャース移籍時の秘話:ジョー・ケリーが17番を譲り、大谷はケリーの妻にポルシェを贈った。
- 2026年WBC:侍ジャパンでは引き続き「16」を着用。
【2026年最新】大谷翔平の背番号はドジャースで「17」!
2026年10月31日現在、大谷翔平の背番号はドジャースの「17」です。MLB公式選手プロフィールでも、背番号17の選手として掲載されています。
2023年12月にドジャースへの移籍が正式に決まった際、大谷が選んだのはエンゼルス時代と同じ番号でした。日本でのプレーを終えてメジャーリーグに挑戦した2018年から、長く背負ってきた番号を新天地でも継続した形です。
エンゼルス時代から続く17番
大谷は2018年にエンゼルスへ入団してから2023年まで、背番号17を着用しました。ドジャース移籍後も同じ番号を使っているため、メジャーリーグでのキャリアを象徴する番号として定着しています。
特にドジャースでは、入団発表の段階から背番号17が注目されました。というのも、当時の17番は救援投手のジョー・ケリーが着用していたからです。
その後、ケリーが番号を譲ることになり、大谷はエンゼルス時代と同じ17番で新しいキャリアをスタートさせました。
2026年4月15日に着用した「42」は背番号変更ではない
2026年の背番号について、もう一つ知っておきたい出来事があります。2026年4月15日、大谷はドジャースの試合で「42」を着用しました。
これは恒久的な背番号変更ではありません。4月15日は、黒人選手として初めてメジャーリーグでプレーしたジャッキー・ロビンソンの功績をたたえる「ジャッキー・ロビンソン・デー」です。
MLBではこの日に選手、監督、コーチなどのグラウンド上の関係者がロビンソンの背番号42を着用する伝統があります。2026年はロビンソンのメジャーデビュー79周年にあたり、大谷もこの特別なユニホームで試合に臨みました。
MLB公式プロフィールに2026年4月15日の42番への変更記録が掲載されているのも、この特別な試合に関連するものです。翌16日には17番に戻ったことが記録されています。したがって、2026年現在の正式な所属球団での背番号は17です。
【歴代背番号一覧】日本ハム11番からドジャース17番までの変遷
大谷翔平の背番号の歴史を振り返ると、プロ野球とメジャーリーグ、そして日本代表で異なる番号を背負ってきたことが分かります。
特に押さえておきたいのは、日本ハムの11番、メジャーリーグの17番、侍ジャパンの16番という3つの番号です。それぞれの着用時期と背景を一覧にまとめました。
| 時期・所属 | 背番号 | 背景・特徴 |
|---|---|---|
| 花巻東高校時代 | 17 | 高校1年時に着用した番号 |
| 2013~2017年 北海道日本ハムファイターズ | 11 | ダルビッシュ有の後を継いだ番号 |
| 2014年以降 侍ジャパン | 16 | 日本代表で継続して使用 |
| 2018~2023年 ロサンゼルス・エンゼルス | 17 | MLB挑戦時に選んだ番号 |
| 2024~2026年 ロサンゼルス・ドジャース | 17 | ジョー・ケリーから譲り受けた番号 |
| 2026年WBC 侍ジャパン | 16 | 代表選手として着用。登録上のポジションは指名打者 |
| 2026年4月15日 MLB特別試合 | 42 | ジャッキー・ロビンソン・デー限定の着用 |
この変遷から分かるように、大谷の背番号は所属先によって変わります。ただし、メジャーリーグではエンゼルスからドジャースへ移籍しても17番を維持しており、同じ番号を長期間使用しています。
日本ハム時代の11番はダルビッシュ有から受け継いだ番号
大谷が2013年に北海道日本ハムファイターズへ入団したときに与えられた番号は「11」でした。
この番号は、先輩メジャーリーガーであるダルビッシュ有が2005年から2011年まで着用していたものです。ダルビッシュのメジャー移籍後、1年間の空白を経て、大谷が2013年から2017年まで背負いました。
日本ハム入団時の報道では、大谷自身も11番について「うれしいですし、すごく特別な番号」と話しています。ダルビッシュの後継者という期待とともに、大谷のプロ野球人生が始まりました。
日本ハムの11番は大谷の退団後も特別な扱いを受けてきました。2018年には球団が当面の間、後継者を決めずに空き番号とする方針を示したことが報じられています。ただし、球団の正式な永久欠番と同じ意味ではありません。
【17番の由来】大谷翔平が17を選んだ本当の理由とは?
大谷翔平の背番号17には、どんな意味が込められているのでしょうか。
実は、17という数字に特別な記念日や生年月日などの意味があるわけではありません。大谷本人の過去の説明によれば、高校時代に着用していた番号であり、新しい環境で再出発する際に選んだものです。
花巻東高校1年時に着用していた17番
大谷が高校時代を過ごした岩手県の花巻東高校では、1年生の夏に背番号17を着用していました。
2017年12月のエンゼルス入団会見では、17番を選んだ理由について、新たな気持ちで頑張っていこうと決めたときに、以前着用していた番号を選んだという趣旨の説明をしています。
「特に意味があるということではないです」
日刊スポーツが報じた当時の発言からも、17番に特別な数字の意味を持たせていたわけではないことが分かります。
また、花巻東高校の17番は、後にメジャーリーグでも活躍する菊池雄星も背負った番号として知られています。高校野球の歴史を知るファンにとっても、17番には印象的な背景があります。
エンゼルスで11番ではなく17番になった理由
日本ハム時代の11番をそのままメジャーリーグでも使えれば、という疑問を持つ人もいるでしょう。しかし、エンゼルスの11番は永久欠番でした。
同球団の11番は、元選手で監督も務めたジム・フレゴシの功績をたたえて永久欠番となっていました。そのため、大谷がエンゼルスで11番を選ぶことはできませんでした。
また、入団会見では27番についてもユーモアを交えたエピソードがありました。27番は当時のチームを代表するスター選手、マイク・トラウトが着用していた番号です。
大谷は27番を希望したという冗談を披露しましたが、後にその話も冗談だったと説明しています。最終的には、高校時代に着用していた17番を選びました。
つまり、17番を選んだ理由は、単に空いていた番号だったからというだけではありません。高校時代の記憶と、メジャーリーグという新しい舞台での再出発が重なった選択でした。
【ドジャース移籍秘話】ジョー・ケリーが背番号17を譲った理由とポルシェの贈り物
ドジャース移籍時に大きな話題となったのが、ジョー・ケリーとの背番号17をめぐるエピソードです。
当時、ケリーはドジャースで17番を着用していました。大谷が加入するためには、ケリーが番号を変更する必要がありました。
妻アシュリーさんの「Ohtake17」キャンペーン
大谷のドジャース加入を後押しした出来事として知られるのが、ケリーの妻アシュリーさんによるSNSキャンペーンです。
アシュリーさんは「Ohtake17」という企画を展開し、大谷にドジャースへ来てもらうため、夫が着用していた17番のユニホームやグッズを紹介しました。
さらに、家族の17番グッズを大谷用に活用できるというユーモラスな投稿も話題になりました。夫の番号を譲ることに前向きな姿勢を見せたことで、移籍交渉にまつわる楽しいエピソードとして広く報じられました。
ジョー・ケリーは背番号99に変更
最終的にケリーは17番を大谷に譲り、自身は「99」を着用することになりました。
MLB公式サイトによると、ケリーは背番号を譲ることについて、誰にでも譲るわけではないという趣旨のコメントを残しています。また、大谷の活躍が続けば将来の殿堂入り選手になるだろうと、期待を込めて語りました。
大谷がケリーの妻に贈ったポルシェ
背番号を譲ってもらった大谷は、2023年12月24日、ケリーの妻アシュリーさんにポルシェを贈りました。
MLB公式サイトが報じたところによると、アシュリーさんが自宅の玄関を開けると、新しいポルシェが待っていました。ドジャース公式SNSでも、この贈り物の様子が紹介されています。
このエピソードは、単なる背番号の変更にとどまらず、新しいチームメートとの良好な関係を象徴する出来事として話題になりました。
なお、ポルシェはジョー・ケリー本人ではなく、背番号譲渡に協力した妻アシュリーさんへの贈り物です。背番号17をめぐる一連の出来事は、大谷のドジャース移籍を語るうえで欠かせないエピソードになっています。
【侍ジャパン・WBC 2026】大谷翔平の背番号は「16」!17番との違い
ドジャースでは17番を着用する大谷ですが、日本代表の侍ジャパンでは「16」を使用しています。
この番号は2023年のWBCだけでなく、過去の日本代表活動でも使用してきた番号です。2026年のWBCでも背番号16が公式選手プロフィールに掲載されています。
2026年WBCでも背番号16を継続
2026年のWBCにおいて、大谷は侍ジャパンの背番号16を着用しました。
侍ジャパン公式サイトの2026年大会選手プロフィールでは、大谷の背番号は16、ポジションは指名打者と記載されています。2023年大会では投手として登録されていたため、役割は異なりますが、背番号は変わっていません。
2026年の代表選手一覧でも、大谷は16番として掲載されています。したがって、ドジャースの17番と侍ジャパンの16番は、所属するチームによって使い分けられている番号です。
なぜ日本代表では16番なのか
侍ジャパンで16番を選んでいる理由については、2023年のMLB公式記事でも紹介されています。
同記事によると、大谷は日本代表でプレーするときには以前から16番を使用してきたと説明しています。本人にとっては、日本代表としての活動に結びついた番号です。
また、日本球界ではエース投手の背番号として18番が象徴的に扱われる伝統があります。16番は18番のような代表的なエース番号とは異なりますが、大谷自身が継続して使ってきた番号として定着しています。
大谷翔平の代表活動における16番の歴史
侍ジャパン公式プロフィールには、2014年の日米野球、2015年のプレミア12、2016年の強化試合、2023年のWBC、2026年のWBCなどで16番の記録が掲載されています。
このように、16番は一時的な大会限定の番号ではなく、日本代表としての大谷を象徴する番号になっています。
【プロの結論】大谷翔平の背番号は所属先と時代で見分けるのが正解
大谷翔平の背番号を理解するうえで大切なのは、17番だけを絶対的な番号として覚えないことです。
日本ハム時代には11番、メジャーリーグでは17番、侍ジャパンでは16番というように、それぞれの所属先で異なる番号を使っています。
背番号から読み解く大谷のキャリア
それぞれの番号には、大谷のキャリアの転換点が反映されています。
- 11番:日本ハムでプロ野球選手として成長し、二刀流を確立していった時代。
- 17番:エンゼルスでメジャーリーグに挑戦し、ドジャースで新たな歴史を築いている時代。
- 16番:侍ジャパンの一員として、日本代表を背負って戦う時代。
特に興味深いのは、17番が高校時代の番号に由来していることです。日本ハム時代の11番は先輩から受け継いだ番号であり、侍ジャパンの16番は代表活動を通じて継続してきた番号です。
番号の違いは、単なるユニホーム上の数字ではありません。大谷がどの舞台でプレーしているのかを知る手掛かりにもなります。
大谷のユニホームを購入するときの注意点
大谷のユニホームを購入したい場合は、背番号だけでなく所属チームとシーズンを確認することが大切です。
- ドジャースの大谷翔平モデルを探すなら17番。
- 日本ハム時代のユニホームを探すなら11番。
- 侍ジャパンの代表ユニホームを探すなら16番。
- 2026年4月15日の特別な試合のユニホームなら42番。
特に中古品や復刻ユニホームでは、エンゼルス時代の17番とドジャース時代の17番を混同しないようにしましょう。同じ背番号でも、球団のロゴやユニホームのデザインは異なります。
大谷翔平の背番号に関するよくある質問(FAQ)
Q1:2026年現在、大谷翔平の背番号は何番ですか?
A1:2026年10月31日現在、ドジャースでの背番号は17番です。エンゼルス時代から引き継いでいる番号です。
Q2:大谷翔平の日本ハム時代の背番号は何番でしたか?
A2:北海道日本ハムファイターズでは11番でした。2013年から2017年まで着用し、ダルビッシュ有の後を継いだ番号としても知られています。
Q3:大谷翔平が17番を選んだ理由は何ですか?
A3:花巻東高校1年時に着用していた番号で、エンゼルス入団という新しい挑戦のスタートに合わせて選びました。本人は特別な意味があるわけではないと説明しています。
Q4:侍ジャパンでの大谷翔平の背番号は何番ですか?
A4:16番です。2023年WBCに続き、2026年WBCでも16番を着用しました。
Q5:ジョー・ケリーはなぜ大谷に17番を譲ったのですか?
A5:大谷のドジャース加入に伴い、ケリーが17番を譲ることになりました。ケリーの妻アシュリーさんもSNSで移籍を後押しし、大谷は感謝を込めて彼女にポルシェを贈りました。ケリー自身は99番に変更しています。
Q6:大谷翔平は2026年に背番号42へ変更したのですか?
A6:いいえ。2026年4月15日のジャッキー・ロビンソン・デーに、MLBの選手たちが一斉に42番を着用したためです。翌16日には通常の17番に戻っています。
まとめ:大谷翔平の背番号は17・11・16!2026年も続く番号の歴史
大谷翔平の背番号は、2026年10月現在、ドジャースの「17」です。エンゼルス時代から引き継いだ番号であり、ジョー・ケリーから譲り受けたというエピソードも広く知られています。
一方、日本ハム時代は「11」、侍ジャパンでは「16」を着用しています。17番は高校時代に着用した番号に由来し、11番はダルビッシュ有から受け継いだ番号、16番は日本代表で継続して使用してきた番号です。
2026年WBCでも16番を背負い、ドジャースでは17番を着用する大谷。所属先によって番号が変わるからこそ、それぞれの数字には異なるキャリアの物語が刻まれています。
今後、移籍や代表活動によって背番号が変わる可能性はありますが、2026年現在の基本情報は「ドジャース17番、日本ハム11番、侍ジャパン16番」と覚えておけば間違いありません。
主な事実確認資料
- MLB公式:大谷翔平選手プロフィール・2026年背番号記録
- MLB公式:ジョー・ケリーの背番号譲渡とポルシェのエピソード
- 侍ジャパン公式:2026年WBC選手プロフィール
- NPB公式:大谷翔平選手の日本ハム時代の選手記録
- 日刊スポーツ:17番の由来と花巻東高校時代の発言
- MLB公式:2026年ジャッキー・ロビンソン・デーの実施概要 (出典: 大谷 背 番号(Yahoo!ニュース))