【引退理由を解説】2026年9月22日、32歳の誕生日に何を決断したのか
引退発表が注目された最大の理由は、発表日だけでなく、本人が明かした決断の背景にあります。
2026年9月22日、赤井英五郎さんは自身のInstagramを通じてプロボクサーとしての引退を報告しました。翌23日には日刊スポーツやスポーツ報知などがこのニュースを報道。約5年間のプロキャリアに区切りをつけることになりました。
引退の背景にあったのは、目指す自分と環境との向き合い方
スポーツ報知の報道によると、英五郎さんは引退を決めた理由について、体力や年齢、敗戦、燃え尽きたことが理由ではないと説明しています。
本人が語ったのは、帝拳ジムという実力者が集まる環境で努力を続けるうちに、自分が本来なりたい姿を追い求めることよりも、その環境で頑張り続けること自体が目的になっていたように感じた、という心境でした。
そして20歳でボクシングを始めたときと同じように、もう一度勇気を出して決断する時期が来たと考えたといいます。スポーツ報知・2026年9月23日報道。
この説明から見えてくるのは、単なる競技成績の問題ではなく、自分の人生で何を目指すのかを改めて考えた末の選択だったということです。
7月の敗戦も、決断に至る重要な転機だった
引退発表の約2か月前、2026年7月4日、英五郎さんは後楽園ホールで韓国のヤン・セユル選手と対戦しました。
試合は71.0キロ契約の8回戦。英五郎さんにとってA級昇格後、初めての8回戦でした。しかし、結果は2回TKO負け。試合後には、これまでの敗戦と比べても精神的に大きなものだったという趣旨のコメントを残し、今後についてすぐには考えられない心境を明かしていました。
その後、9月22日に引退を発表しています。7月の敗戦が大きな節目になったことはうかがえますが、本人の説明では、敗戦そのものが引退理由だったわけではありません。
引退発表で伝えた感謝と、これからの決意
英五郎さんは引退報告の中で、帝拳ジムの本田明彦会長、トレーナー陣、家族、友人、スポンサー、応援してきたファンへの感謝も伝えています。
「今でも、まだまだ強くなれるという気持ちはあります」
「夢を持って挑戦することも、やめません」
これは引退を伝えた本人のメッセージとして報道された言葉です。プロボクサーとしての活動には終止符を打つものの、成長したいという気持ちや新しい挑戦への意欲は失っていないことが分かります。
したがって、今回の引退を「負けたから辞めた」「32歳になったから限界を感じた」と単純化するのは正確ではありません。本人の言葉から読み取れるのは、競技を続ける目的を見つめ直し、自分自身の意思で次の道へ進もうとした決断です。
【プロフィール】赤井英五郎の年齢・身長・父親との関係
赤井英五郎(あかい・えいごろう)
基本プロフィール
- 生年月日:1994年9月22日
- 年齢:32歳(2026年10月現在)
- 出身地:東京都世田谷区
- 身長:179cm
- 所属:帝拳ジム(現役時代)
- 父親:赤井英和
- 職業・活動歴:元プロボクサー、映画監督、編集
生年月日や出身地、アマチュア戦績は帝拳ジムの公式プロフィールに掲載されています。身長179cmという情報は映画『AKAI』の公式サイトでも確認できます。
父親は「浪速のロッキー」赤井英和
赤井英五郎さんは、元プロボクサーで俳優・タレントとしても知られる赤井英和さんの長男です。
父の英和さんは、1980年にプロデビューし、21戦19勝16KO2敗という戦績を残した元ボクサー。圧倒的な攻撃力から「浪速のロッキー」の愛称で親しまれました。
ボクシング界で大きな存在感を示した父を持つ英五郎さんは、競技に取り組む過程で父親の名前とともに紹介されることも少なくありませんでした。
ただし、英五郎さんのボクシング人生は父親の経歴をそのままなぞったものではありません。父親が高校時代から競技に打ち込んだのに対し、英五郎さんはアメリカ留学を経験し、大学時代の20歳から本格的にボクシングを始めています。
12歳からアメリカで過ごし、映像制作も学んだ
映画『AKAI』の公式サイトによると、英五郎さんは12歳のときにハワイへ留学。その後、中学、高校、大学をアメリカで過ごしました。
カリフォルニア州のウィッティア大学では映像制作を学んでいます。スポーツ面では、9歳のころにラグビーを経験し、高校時代はアメリカンフットボールに取り組んでいました。
ボクシングだけを専門にしてきた人物ではなく、海外での教育経験や映像制作の知識を持っている点も、英五郎さんの特徴です。
名前の由来にも父と祖父の存在
興味深いのが「英五郎」という名前です。映画『AKAI』公式サイトのプロフィールによると、名前は父親の「英和」と祖父の「五郎」から取られています。
父と祖父の名前を受け継いだ英五郎さんが、父と同じボクシングの世界に飛び込んだことは、家族の歴史という観点からも印象的です。ただし、本人の競技人生は、アメリカでの経験や映像制作など、独自の歩みとともに築かれてきました。
【経歴・年表】東京五輪への挑戦から帝拳ジムでのプロデビューまで
英五郎さんの競技人生を理解するうえで重要なのは、最初からプロボクサーを目指していたわけではないことです。
出発点はアマチュアボクシングでした。2018年には全日本社会人選手権ミドル級で優勝し、東京五輪を目標に掲げます。しかし、2019年の全日本選手権で敗れたことで五輪出場への道が閉ざされ、プロ転向を決断しました。
赤井英五郎の主な経歴と転換点
出典:帝拳ジム公式プロフィール、映画『AKAI』公式サイト、日刊スポーツ、スポーツ報知の報道をもとに整理。
2018年、全日本社会人選手権ミドル級で優勝
英五郎さんのアマチュア時代を代表する実績が、2018年度の全日本社会人選手権ミドル級優勝です。
ボクシングを始めたのは20歳のころ。競技歴が長い選手が集まるアマチュアの世界で結果を残し、東京オリンピック出場という大きな目標を掲げました。
アマチュア通算戦績は14戦8勝6敗。プロ転向後とは異なる競技環境で経験を積み、2018年の優勝はその努力が実を結んだ成果でした。
東京五輪出場を逃し、プロへの道を選択
東京2020オリンピックを目指していた英五郎さんにとって、大きな転換点になったのが2019年11月の第89回全日本ボクシング選手権です。
2回戦で敗退し、五輪出場への道が途絶えました。さらに、左足のアキレス腱断裂や左手首の手術など、競技生活では故障にも直面しています。
その後、アマチュア時代から練習していた帝拳ジムからプロ転向することを決断。2021年9月11日、後楽園ホールで岡村弥徳選手と対戦し、プロデビューを果たしました。試合は1回TKO負けという厳しい結果でしたが、ここから約5年間のプロキャリアが始まります。
【ボクシング戦績】帝拳ジムで11戦6勝、東日本ミドル級新人王を獲得
赤井英五郎さんのプロボクシング戦績は、11戦6勝(5KO)5敗です。
勝利のうち5試合がKO・TKOによるもので、勝ち星の大部分を決着のつく試合で挙げています。一方、デビュー戦での敗北や新人王トーナメントでの苦戦も経験しており、順調な勝ち上がりだけではないキャリアでした。
以下は帝拳ジムの公式選手プロフィールに掲載された全11試合です。
プロ全11試合の結果
2021年
- 9月11日:岡村弥徳選手に1回TKO負け(プロデビュー戦)
2022年
- 7月2日:マッチョパパ一基選手に2回TKO勝ち
- 9月27日:左右田泰臣選手に4回判定負け
2023年
- 7月1日:鈴木輝選手に1回TKO勝ち
- 9月15日:伊吹遼平選手に3回TKO勝ち
- 11月3日:マッチョパパ一基選手に4回判定勝ち
- 12月23日:冨永一希選手に3回TKO負け
2024年
- 10月5日:ジャン・ウェンハオ選手に6回TKO勝ち
2025年
- 2月24日:盛合竜也選手に2回KO負け
2026年
- 1月17日:ベー・ドンミン選手に1回TKO勝ち
- 7月4日:ヤン・セユル選手に2回TKO負け
出典:帝拳ジム公式選手プロフィール。試合結果は同プロフィールの掲載内容に基づく。
2023年、3度目の挑戦で東日本新人王に
プロキャリアで大きな実績となったのが、2023年度東日本ミドル級新人王の獲得です。
英五郎さんは2021年、2022年の東日本新人王トーナメントで敗退していました。2023年は再びトーナメントに挑み、7月の鈴木輝選手戦、9月の伊吹遼平選手戦をいずれもTKOで勝利。決勝ではマッチョパパ一基選手を4回判定3対0で下しました。
この勝利によって、東日本ミドル級新人王のタイトルを手にしています。3度目の挑戦でつかんだ成果でした。
全日本新人王には届かなかった
東日本新人王獲得後、英五郎さんは2023年12月23日の全日本ミドル級新人王決定戦に出場しました。
対戦相手は冨永一希選手。結果は3回TKO負けとなり、全日本新人王のタイトルには届きませんでした。
ここで押さえておきたいのは、東日本新人王と全日本新人王は別のタイトルだということです。英五郎さんが獲得したのは東日本の新人王であり、全日本新人王ではありません。
2026年1月の再起戦でA級昇格を決めた
2025年2月の盛合竜也選手戦で敗れた後、約11か月の期間を経て2026年1月17日に復帰戦を迎えました。
対戦相手は韓国のベー・ドンミン選手。後楽園ホールでの試合では1回TKO勝ちを収め、A級への昇格を決めました。
当時はスーパーウェルター級への転向も視野に入れ、71キロ契約の試合に臨んでいました。再起戦で勝利をつかみ、そこから7月のA級初戦へ進んだことも、最後の半年間を振り返るうえで重要な経緯です。
【映画監督としての顔】父・赤井英和を描いたドキュメンタリー『AKAI』
映画『AKAI』
2022年公開・ドキュメンタリー映画
- 監督・編集:赤井英五郎
- 主な題材:父・赤井英和のボクシング人生
- 内容:現役時代の試合映像やインタビューなどを通じて父の歩みを描く
英五郎さんのキャリアを語る際に欠かせないのが、映画監督としての活動です。2022年9月に公開されたドキュメンタリー映画『AKAI』では、監督と編集を担当しました。
父親への感謝を映像という形で伝えた作品
『AKAI』は、父・赤井英和さんのボクサー時代から、その後の俳優・タレントとしての歩みまでを描いた作品です。
1980年のプロデビュー、数々のKO勝利、世界タイトルへの挑戦、そして1985年の大和田正春戦での敗北と重傷。ボクサーとしての栄光だけでなく、人生を左右した出来事も映像を通じて紹介しています。
製作には、赤井英和さんの俳優デビュー作『どついたるねん』を手掛けた阪本順治監督も協力。過去の試合映像や貴重なインタビューを組み合わせたドキュメンタリーに仕上がっています。
英五郎さん自身が語った映画製作の動機
2022年の日刊スポーツのインタビューでは、英五郎さんは映画を作った理由として、大切な人に感謝を伝えたかったという趣旨を語っています。
父親が芸能界で活動し、自分もその姿を見てきたからこそ、映像を手紙のような形にして感謝を伝えたいと考えたといいます。
父親の名前を借りた作品というだけではなく、息子自身が映像制作者として父の人生に向き合った作品だったことが特徴です。
『クリード』への関心と映像制作者としての目標
英五郎さんは、ボクシング映画『ロッキー』シリーズを継承する『クリード』にも強い関心を示していました。
2023年5月には『クリード 過去の逆襲』の主演・監督・製作を務めたマイケル・B・ジョーダンさんの来日イベントで本人と対面。自作映画『AKAI』を見てもらいたいという思いを伝えました。
日刊スポーツの取材では、将来的に『クリード』の製作に携わりたいという目標も紹介されています。ボクサーとして世界を目指すだけでなく、映画の世界でも大きな目標を持っていたことが分かります。
こうした経歴を踏まえると、プロボクサー引退後の英五郎さんにとって、映像制作は過去の趣味にとどまらない、すでに実績のある活動領域です。ただし、2026年10月末時点で新作映画や次回作の具体的な発表は確認できていません。
【2026年最新】赤井英五郎の現在と引退後の活動は?
2026年10月31日現在、赤井英五郎さんはプロボクサーとしての現役引退を表明した状態です。最後の公式戦は2026年7月4日のヤン・セユル選手戦で、9月22日の引退発表によってプロとしての競技生活に区切りをつけました。
引退後の職業や所属先は発表されている?
引退発表時の報道では、次の活動拠点や新しい所属先について、具体的な発表はありませんでした。
一方で、すでに映画『AKAI』の監督・編集を担当した経験があり、映像制作という明確な実績があります。今後、映画や映像の仕事に軸足を置く可能性を考えるうえで、注目すべき経歴です。
ただし、映画監督への専業転身や新作の制作開始、ボクシングジムでの指導者就任などが正式に決まったという情報はありません。今後の活動については、本人の発信や正式な発表が焦点になります。
ボクシングそのものを完全に辞めたわけではない
今回の発表で重要なのは、引退の対象がプロボクサーとしての現役活動であることです。
本人はボクシングを通じて強くなれたことへの感謝を述べ、これからも夢を持って挑戦し続ける意思を示しました。
そのため、競技者としてリングに立つことを辞めたからといって、ボクシングとの関係が完全になくなったと判断することはできません。今後、どのような形で競技と関わるかは明らかになっていません。
引退後に注目したい3つのポイント
- 映像制作:監督・編集を担当した『AKAI』に続く作品や、海外を含めた映画関連の活動。
- ボクシングとの関係:指導、解説、映像を通じた競技への関与など、新しい形での挑戦。
- 本人が掲げる新しい目標:帝拳ジムでの経験を経て、自分が本当に目指したい姿をどのように実現するか。
現段階では、これらは今後の注目分野であり、確定した活動予定ではありません。本人が掲げた「挑戦をやめない」という姿勢が、次のキャリアでどのような形になるのかが注目されます。
【よくある質問】赤井英五郎に関するFAQ
Q1:赤井英五郎はいつ引退を発表しましたか?
A1:2026年9月22日です。32歳の誕生日に自身のInstagramでプロボクサーとしての現役引退を表明しました。
Q2:赤井英五郎の引退理由は何ですか?
A2:本人は体力や年齢、敗戦、燃え尽きたことが理由ではないと説明しています。帝拳ジムで努力を続けるうちに、なりたい自分を追うことよりも、その環境で頑張ること自体が目的になっていたと感じ、改めて進む道を決断したと報じられています。
Q3:赤井英五郎の年齢と身長は?
A3:1994年9月22日生まれで、2026年10月現在32歳です。身長は179cmです。
Q4:赤井英和とはどのような関係ですか?
A4:赤井英和さんの長男です。父親は「浪速のロッキー」と呼ばれた元プロボクサーで、現在は俳優・タレントとしても知られています。
Q5:赤井英五郎のプロボクシング戦績は?
A5:11戦6勝(5KO)5敗です。2023年度の東日本ミドル級新人王を獲得しています。
Q6:東京オリンピックには出場しましたか?
A6:出場していません。2018年の全日本社会人選手権ミドル級で優勝しましたが、2019年11月の全日本選手権2回戦で敗退し、東京五輪出場の夢は途絶えました。
Q7:赤井英五郎は映画監督でもあるのですか?
A7:はい。2022年公開のドキュメンタリー映画『AKAI』で監督・編集を担当しました。父・赤井英和さんのボクサー時代から現在までを描いた作品です。
Q8:引退後は何をしていますか?
A8:2026年10月末時点で、具体的な転身先や新作の発表は確認できていません。映画監督・編集者としての実績があり、本人は今後も挑戦を続ける意思を示しています。
まとめ:赤井英五郎の引退は終わりではなく、新しい挑戦への転換点
赤井英五郎さんは2026年9月22日、32歳の誕生日にプロボクサーとしての現役引退を表明しました。
アメリカ留学を経験し、20歳からアマチュアボクシングを始め、2018年の全日本社会人選手権ミドル級優勝を経て東京五輪を目指しました。その夢は2019年に途絶えましたが、帝拳ジムからプロ転向。2023年には東日本ミドル級新人王を獲得し、11戦6勝5KO5敗という戦績を残しました。
また、映画『AKAI』では監督・編集を務め、父・赤井英和さんの人生を映像作品として描きました。ボクシングと映画という2つの分野で活動してきたことは、英五郎さんのキャリアを理解するうえで欠かせません。
【プロの結論】勝敗だけでは測れない赤井英五郎のキャリア
今回の引退を評価する際、見るべきポイントは3つあります。
- 競技への挑戦:20歳から始めたボクシングで、全日本社会人選手権優勝と東日本新人王という実績を残したこと。
- 自分自身の選択:東京五輪を断念した後もプロ転向を選び、最後は自分の理想と現在の環境を見つめ直して引退を決めたこと。
- 複数の才能と経験:ボクシングだけでなく、映像制作や映画監督としても実績を築いてきたこと。
特に注目したいのは、引退理由について本人が語った「なりたい姿を追うこと」と「環境で頑張ること」の違いです。競技で結果を出すことだけを目標にするのではなく、自分が本当に進みたい方向を考え直したことが、今回の決断の核心にあります。
父・赤井英和さんと同じボクシングの世界に飛び込みながら、自分自身の道を切り開いてきた赤井英五郎さん。プロボクサーとしてのキャリアは終わりましたが、映画制作を含めた次の挑戦にはまだ可能性が残されています。
今後の活動については、本人からの正式な発表が待たれます。2026年9月22日の引退は、赤井英五郎という人物のキャリアを振り返る節目であると同時に、新たな人生の方向性を考える出発点でもあります。
主な参考資料:帝拳ジム公式選手プロフィール、映画『AKAI』公式サイト、日刊スポーツ(2026年9月23日)、スポーツ報知(2026年9月23日)、日刊スポーツ(2023年5月29日・2022年8月25日)。 (出典: 赤井 英 五郎(Yahoo!ニュース))