【中国の動物保護法を検証】反虐待動物法がない理由と第89条の本当の意味
中国犬虐待問題を理解するうえで、最も重要なのが法律の位置づけだ。
2026年10月現在、中国には犬や猫を含む伴侶動物への虐待を包括的に禁止する全国法は存在しない。また、一般的な動物虐待を独立した犯罪として定める全国的な法律も制定されていない。
ただし、これは中国では動物虐待を一切処罰できないという意味ではない。
既存の刑法、治安管理処罰法、民法典、地方条例などを使って、行為の内容に応じた対応が可能だ。
中国に全国的な反虐待動物法がない理由
法律が制定されていない背景には、複数の制度的・政策的な問題がある。
1. 保護対象となる動物の範囲が複雑
中国の動物関連法は、野生動物、畜産動物、実験動物など、対象ごとに異なる制度で構成されている。
犬や猫を保護する法律を制定する場合、家庭で飼われるペットだけでなく、野良犬、地域猫、繁殖施設、動物販売業者など、どこまでを対象にするか決めなければならない。
2. 畜産業や関連産業との調整
BBC中文が取材した動物法政策の研究者、米国ヒューストン大学ダウンタウン校の李堅強(Peter Li)教授は、動物保護法の立法が進まない背景として、畜産業の生産コストや食品価格への影響を懸念する政策判断、関連産業団体からの反対などを指摘している。
これは研究者による政策分析であり、政府が公式に示した立法延期の理由ではない。しかし、動物保護法が単なる犬猫の飼育問題にとどまらず、産業政策とも関係することを示している。
3. 全国統一の執行体制が整っていない
法律を制定しても、違反を認定する基準、虐待を判断する専門知識、動物の保護施設、獣医療体制などがなければ、実効性を確保できない。
李教授も、動物虐待に対する警察の対応には地域差や執行上の課題があると指摘している。
2026年の中国動物保護法制定状況
立法の進展を確認するうえで重要なのが、全国人民代表大会常務委員会と国務院が公表した2026年度の立法計画だ。
2026年5月11日に公表された全国人民代表大会常務委員会の立法工作計画には、複数の新法制定や既存法の改正が盛り込まれている。
しかし、反虐待動物法や伴侶動物保護法は、継続審議、初回審議、予備審議の各項目に掲載されていない。
同日付で公表された国務院の2026年度立法工作計画にも、全国的な反虐待動物法の制定は盛り込まれていない。
| 制度・政策 | 2026年10月時点の状況 | 意味 |
|---|---|---|
| 全国的な反虐待動物法 | 未制定 | 一般的な動物虐待を包括的に禁止する法律はない |
| 中国伴侶動物保護法 | 未制定 | 犬猫を対象とする独立した全国法はない |
| 野生動物保護法 | 制定済み | 対象となる野生動物の保護・管理 |
| 畜牧法 | 制定済み | 法律上の畜禽を対象とした畜産管理 |
| 治安管理処罰法 | 2026年1月1日施行の改正法が有効 | 動物による生活妨害や危険動物の管理などを規制 |
| 地方の動物・犬管理条例 | 地域ごとに制定 | 地域によって虐待禁止規定などが存在 |
したがって、2026年における立法状況は「動物保護法が成立する方向で具体的な全国審議が始まった」という段階ではない。
少なくとも公表済みの2026年度立法計画からは、全国的な伴侶動物保護法の制定時期を予測できる状況にはない。
治安管理処罰法第89条は犬虐待を処罰する条文なのか?
ここは特に誤解されやすい。
2025年6月27日に改正された「中華人民共和国治安管理処罰法」は、2026年1月1日から施行されている。
その第89条には動物に関する規定があるが、対象は人間による動物虐待ではない。
具体的には、次のような行為を規制している。
- 動物を飼育して他人の通常の生活を妨害する行為
- 動物に他人を威嚇させる行為
- 法令に反して危険な犬などを販売・飼育する行為
- 動物による他人への傷害を防ぐ安全措置を怠る行為
- 動物をけしかけて他人を傷つける行為
例えば、動物による生活妨害では警告が科され、警告後も改善しない場合などには1,000元以下の罰金が定められている。危険動物の違法飼育や安全措置違反については、条件に応じて5日以下、または5日以上10日以下の拘留などが規定されている。
第89条についての重要な整理
「犬を殴った人は第89条で処罰される」
第89条は動物の飼育管理や、動物が人に及ぼす危害を対象としている。
犬を虐待した人に対する一般的な処罰規定ではない。
重慶事件で警察が行政拘留を発表したことと、第89条の内容を混同してはならない。重慶警察の公表文は「治安管理処罰法の関連規定」としているが、具体的な条文番号は明らかにしていない。
【中国の犬虐待に対する処罰】刑法・民法典・地方条例で何が問われる?
全国的な反虐待動物法がない中国でも、すべての虐待行為が処罰対象外になるわけではない。
重要なのは、虐待という行為そのものだけでなく、所有権の侵害、公共の安全への危険、地域条例への違反など、別の法的要件に該当するかどうかだ。
1. 刑法による処罰:故意による財物損壊など
中国刑法第275条には、故意に公私の財物を損壊した場合の処罰規定がある。
金額が比較的大きい場合や、その他の重大な事情がある場合には、3年以下の懲役、拘役または罰金が科される。金額が特に大きい場合や、その他の特に重大な事情がある場合には、3年以上7年以下の懲役が定められている。
飼い主がいる犬や猫を故意に傷つけたり殺したりした場合、財産権侵害として問題になる可能性がある。
ただし、動物を虐待したという事実だけで直ちに第275条が成立するわけではない。動物の所有関係、損害の評価、金額、行為の内容などが判断される。
2. 公共の安全を脅かす行為:投毒事件の実例
この法的な仕組みを理解するうえで参考になるのが、北京で起きたペット投毒事件だ。
2022年9月、北京市朝陽区の集合住宅で犬や猫が中毒になる事件が発生した。
2025年12月11日、北京市朝陽区人民法院は、毒物を公共の場所に投下した被告人について、故意投放危険物質罪(危険物質の故意投下罪)が成立すると判断し、懲役4年を言い渡した。
被害は犬9匹と野良猫2匹の死亡に及んだ。
この事件は、ペットへの被害だけでなく、不特定多数の人々の生命や健康を脅かす公共の安全に対する犯罪として扱われた。
さらに2026年4月16日、北京市第三中級人民法院で民事部分の二審判断が示され、原判決が維持された。
飼い主側が求めた精神的損害への賠償は認められず、財産的損失などに関する一部の賠償が維持された。
この事例が示しているのは、動物虐待に対する直接的な法律がなくても、公共の安全を脅かす行為として立件できるケースがあるということだ。
ただし、これは公共の危険を伴う投毒事件の判断であり、すべての犬虐待事件に同じ罪名が適用されるわけではない。
3. 民法典による財産権の保護
中国民法典第240条では、所有者が自己の動産などについて占有、使用、収益、処分する権利を持つと定めている。
飼い主のいる犬や猫は、こうした所有権の枠組みで財産的な保護を受ける場合がある。
しかし、ここにも限界がある。
犬猫を家族の一員として大切にしている飼い主にとって、動物を失うことは単なる経済的損失ではない。
北京のPapi事件で精神的損害への賠償が認められなかったことは、法律上の財産的評価と、飼い主が感じる精神的な損失との間に隔たりがあることを示している。
4. 地方条例による動物虐待の禁止
全国法が整備されていない一方、地方レベルでは動物を守る規定が存在する。
代表例が重慶市の「重慶市養犬管理条例」だ。
同条例第25条では、犬の飼い主や管理者に対して、犬を虐待してはならないと定めている。
また、第8条では、犬の違法・不適切な飼育について、公安機関、都市管理部門、農業農村部門などに苦情や通報を行えるとしている。
北京の「北京市動物防疫条例」第30条にも、動物の飼育者が飼育環境や健康状態に配慮し、飼育する動物を遺棄・虐待してはならないという規定がある。
ただし、地方条例には地域差があり、犬の飼育者を対象とする規定が、すべての野良犬や猫、その他の動物にそのまま適用されるわけではない。
全国的な統一基準が必要とされる理由はここにある。
5. 14歳未満の未成年者はどう扱われる?
旺旺事件で特に注目されたのが、加害者とされた4人全員が14歳未満だったことだ。
2025年改正の治安管理処罰法第12条では、14歳未満の者が治安管理上の違反行為をした場合、治安管理処罰を科さないと定めている。その一方で、保護者に厳格な監督・教育を求めている。
また第24条では、同法第12条に基づいて処罰されない未成年者について、未成年者非行防止法に基づく矯正教育などの措置を取ることが規定されている。
今回の4人が専門学校で教育を受ける措置になったのは、この未成年者への対応とも関係する。
ただし、14歳未満であればどのような行為も問題にならないという意味ではない。保護者の監督責任、教育的措置、事案に応じたその他の法的対応は別途検討される。
【中国の犬虐待を通報・救済する方法】現地で被害を見つけたらどうする?
中国国内で犬虐待を目撃した場合、最初に考えるべきなのは、被害動物の安全確保と証拠の保存だ。
全国統一の動物虐待専用通報制度があるわけではないため、事件の内容と発生地域に応じて窓口を使い分ける必要がある。
通報先と相談窓口
| 窓口 | 主な用途 |
|---|---|
| 110(公安) | 目の前で虐待が行われている場合、傷害・犯罪の疑いがある場合 |
| 12345(政務サービス便民热线) | 緊急性の低い行政相談、苦情、通報、担当部門への取り次ぎ |
| 農業農村部門 | 動物防疫、犬猫の管理、地域の動物関連規則に関する相談 |
| 都市管理部門 | 地域の犬の管理や、自治体の担当範囲に属する問題 |
| 地域の動物病院・保護施設 | 負傷動物の診療、一時保護、治療や預かりの相談 |
110は公安機関が緊急の警察事案などを受け付ける窓口であり、12345は地方政府が非緊急の相談・苦情・通報などを受け付ける窓口だ。
重慶市の養犬管理条例でも、公安、農業農村、都市管理などの担当部門への通報が認められている。
通報時に残しておきたい証拠
通報する際は、次の情報を整理しておくと、事実関係の確認に役立つ。
- 発生日時: いつ虐待が行われたのか
- 発生場所: 市区町村、街道、住宅地などの具体的な場所
- 行為の内容: 殴打、放置、傷害、遺棄など
- 動物の状態: 出血、歩行困難、衰弱、意識状態など
- 映像・写真: 撮影した原本や保存日時が分かる資料
- 目撃者情報: 現場にいた人や証言できる人
- 医療資料: 動物病院の診断書、治療記録、領収書
- 所有関係: 飼育登録、譲渡契約、購入記録など
特に、飼い主がいる犬猫の場合は、所有権を証明できる資料が財産的損害を主張する際に役立つ。
負傷した犬を救うための対応
動物が負傷している場合は、現地の動物病院や適切な保護施設に相談し、公安機関などと連携して保護を進めることが望ましい。
保護活動を行う際には、次の点に注意したい。
1. 暴力を振るう人物と直接対立しない。
2. 他人の敷地に無断で立ち入ったり、動物を勝手に持ち出したりしない。
3. 負傷した動物を無理に動かさず、獣医師の判断を優先する。
4. 治療費や預かり費用、保護の経過を記録する。
5. 保護後の引き取り先や飼育環境を確認する。
また、SNSで映像を拡散するだけでは、正式な捜査や保護につながるとは限らない。
特に旺旺事件のように未成年者が関与した事件では、個人情報の暴露や無関係な人物への攻撃を避け、映像や証拠は適切な行政機関に提出することが重要だ。
日本から中国の犬虐待事件を支援する場合
日本に住んでいる人が中国の動物虐待事件に関心を持った場合も、できることはある。
- 現地報道や自治体の公式発表を確認する。
- 発生場所や日時が明確な情報を整理する。
- 現地の動物保護団体の活動状況を確認する。
- 信頼できる保護団体への支援を検討する。
- 未検証の映像や個人情報を不用意に拡散しない。
中国国内の具体的な救済を目指すなら、現地の行政窓口や保護団体と連携することが重要になる。
【中国犬虐待に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:中国には犬を虐待した人を処罰する法律がないのですか?
A1:犬猫への虐待を包括的に禁止する全国法はありません。ただし、刑法の財物損壊や公共の安全に関する規定、民法典、地方の養犬管理条例などが適用される可能性があります。行為の内容や証拠によって処分は異なります。
Q2:中国の治安管理処罰法第89条で犬虐待を処罰できますか?
A2:第89条は、動物による生活妨害、危険犬の管理、安全措置違反などを対象とした規定です。人間が犬を虐待する行為を一般的に処罰する条文ではありません。
Q3:広東省揭陽の旺旺事件で関与した4人は逮捕されたのですか?
A3:2026年6月30日の地元政府発表では、4人全員が14歳未満で、専門学校で教育を受ける措置が取られたとされています。警察の立件調査は報道されていますが、2026年7月19日時点で新たな捜査結果は公表されていないとBBC中文が報じています。
Q4:中国で犬虐待を目撃した場合、どこに通報すればよいですか?
A4:緊急性がある場合は公安機関の110、一般的な行政相談や苦情は12345が窓口になります。地域によって農業農村部門や都市管理部門も担当します。写真や映像、日時、場所などの証拠を保存してください。
Q5:中国で伴侶動物保護法が制定される予定はありますか?
A5:2026年10月時点で、全国的な伴侶動物保護法は成立していません。2026年度の全国人民代表大会常務委員会と国務院の立法計画にも、同法の制定は掲載されていません。
まとめ:【プロの結論】中国の犬虐待問題は法律と救済体制の整備が鍵
2026年の中国犬虐待問題をめぐる重慶事件と広東省揭陽の旺旺事件は、動物を守るための法制度が抱える課題を明確にした。
重慶では、犬を譲り受けると偽って傷害行為をした男性に行政拘留が適用された。一方、旺旺事件では、関与した4人が全員14歳未満だったため、成人と同じ行政処罰ではなく、教育的措置が取られた。
両事件の違いは、動物虐待への法的対応が、加害者の年齢や行為の内容によって大きく左右されることを示している。
今後、中国の動物保護を考えるうえで必要なのは、単に法律の名称を新設することではない。
特に重要なのは、次の5点だ。
1. 虐待行為の明確な定義: 殴打、殺傷、遺棄、長期的な飼育放棄などの禁止行為を具体化する。
2. 全国統一の処罰基準: 地域による対応の違いを減らし、重大な虐待には相応の制裁を設ける。
3. 動物の緊急保護制度: 虐待が疑われる場合に、動物を安全な場所へ移す法的仕組みを整える。
4. 未成年者への再発防止策: 保護者の責任、専門教育、心理的支援などを組み合わせる。
5. 通報・救済体制の充実: 通報窓口、保護施設、獣医療、譲渡後の確認制度を整備する。
中国の動物保護をめぐる議論は、ペット市場の拡大とともに、社会的な重要性を増している。2025年の都市部だけでも犬猫の飼育数は1億2,600万匹に達した。これだけ多くの動物が人間と暮らす社会では、飼い主の善意だけに保護を委ねることには限界がある。
【プロの結論】
中国犬虐待問題の本質は、動物を大切にする人が増えている一方で、その命を守る法的な仕組みが十分に整っていないことにある。
重慶事件や旺旺事件を一過性のニュースとして終わらせず、全国的な法整備、地方行政の執行能力、動物保護の現場を結びつけることが必要だ。
動物を傷つけた後に処罰するだけではなく、虐待を防ぎ、被害に遭った動物を救い、同じことを繰り返させない仕組みを作れるか。それが、中国の動物保護政策の今後を判断する重要な基準になる。 (出典: 中国 犬 虐待(Yahoo!ニュース))