うらぜき(裏関)とは何か?古今相撲大全に残る大関の古称と張出制度の歴史を徹底解説
「うらぜき」とは、どのような意味を持つ言葉なのでしょうか。漢字では「裏関」と書き、大相撲において次位の大関を指した古い呼び名です。現在の相撲中継や番付ではほとんど見かけませんが、その由来は江戸時代の相撲文化にまでさかのぼります。
注目したいのは、1763年(宝暦13年)に成立した相撲の古書『古今相撲大全』です。同書には、第一の「関」と第二に並ぶ「裏関」の違いや、かつての番付における配置が記されています。さらに、現代の張出大関との関係、1994年の張出制度の廃止までをたどると、大相撲の番付制度が時代とともに変化してきたことが分かります。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 意味:うらぜき(裏関)は、大相撲で次位の大関を指した古称。
- 由来:『古今相撲大全』には、第一を「関」、第二を「裏関」と呼んだ歴史が記されている。
- 現代との関係:辞書では現在の張出大関に相当すると説明されている。
- 制度の変化:張出は1994年に番付から姿を消し、同年7月場所以降は見られなくなった。
- 2026年現在:裏関という地位は存在せず、横綱・大関・関脇などの現行制度が運用されている。
【うらぜきの意味と読み方】裏関は大相撲の古い番付用語
「裏関」の正しい読み方は、うらぜきです。
「裏」は表に対する裏側、「関」は大関に関係する呼称を意味します。一般的な現代語として使われる言葉ではなく、相撲の歴史や古い番付制度を調べる際に登場する専門的な用語です。
小学館の『精選版 日本国語大辞典』を収録するコトバンクでは、裏関について次のように説明しています。
相撲で次位の大関の古称。現在の張出大関に相当する。
この説明から分かるのは、裏関が大関より下の別階級を意味するのではないという点です。
大関という地位に複数の力士が並んでいた時代、そのうち第二に位置する力士を区別するために使われた呼称でした。
「関」と「裏関」は何が違う?
当時の相撲では、大関に相当する「関」の位置に複数の力士を配置する慣習がありました。
その際、第一に列する者を「関」、第二に列する者を「裏関」と呼び分けていたのです。
つまり、両者の違いは力士としての能力や実力を直接評価したものというより、番付上の配置と順序にありました。
現代の感覚で理解するなら、同じ地位に属する力士のうち、正規の位置にいる者と、それに続く位置にいる者を区別した表現に近いものです。
ただし、現在の東西の番付と当時の配置方法は同一ではありません。単純に現代の東大関・西大関のどちらかを裏関と呼んだ、と理解するのは正確ではありません。
裏関は現在も使われている?
2026年現在、裏関は日本相撲協会が定める現行の地位ではありません。
現在の番付に掲載されるのは、横綱、大関、関脇、小結、前頭などの地位です。
裏関という呼び名は、過去の番付制度を説明する際に使われる歴史的な用語として理解するのが適切です。
【古今相撲大全が明かす裏関の由来】江戸時代の番付制度を検証
裏関の歴史を理解するうえで欠かせない資料が、江戸時代の相撲について記した『古今相撲大全』です。
同書は宝暦13年(1763年)の資料として、日本相撲協会の公式クイズでも紹介されています。
特に注目されるのが、関という言葉の意味と、裏関という呼称の説明です。
『古今相撲大全』に記された裏関の説明
東京学芸大学の歴史資料翻刻プロジェクト「みんなで翻刻」では、『古今相撲大全』の89ページが公開されています。
そこには、かつての番付の配置について、次の記述があります。
第一を関といひ。第二に列するを裏関(うらぜき)と称じ有る。
この記述は、裏関の意味を理解するための重要な手掛かりです。
同書は、以前の相撲では関脇や小結なども複数の力士が並ぶ形だったことに触れています。その後、正徳6年(1716年)の制度変更に関係して、それぞれの地位が一人ずつになった経緯を説明しています。
ここで大切なのは、1763年の書物が、さらに以前の相撲の慣習を振り返っているという点です。
したがって、1763年に裏関という言葉が初めて生まれたわけではありません。古い呼称を後世に伝えた資料として位置づけられます。
1763年以前の相撲では何が違ったのか
『古今相撲大全』の説明を整理すると、次のようになります。
- 以前は同じ地位に複数の力士を配置する慣習があった。
- 第一に列する者を「関」と呼んだ。
- 第二に列する者を「裏関」と呼んだ。
- 正徳6年(1716年)には、関・関脇・小結をそれぞれ一人ずつとする形に変わった。
- その後、裏関という呼称は実際の制度として使われなくなり、名称だけが伝わった。
ここから読み取れるのは、裏関が大相撲の階級そのものというより、番付の配置方法に由来する呼称だったということです。
「関」という言葉にも歴史がある
日本相撲協会の公式解説では、『古今相撲大全』の記述として、次の一文が取り上げられています。
角力人の貫首たるものを関と称す
この「関」は、当時の番付で最上位だった大関を指しています。
現在では、琴櫻関や豊昇龍関のように、関取の四股名に付ける敬称としても「関」が使われています。
しかし、古書における「関」は、現在の敬称とは異なる意味を持っていました。
つまり、同じ漢字であっても、時代によって相撲用語としての役割が変化してきたのです。
【正位・裏関・張出大関の違い】番付制度を比較表で整理
裏関を調べる際に混同しやすいのが、「正位」と「張出大関」です。
これらは互いに関連する概念ですが、完全に同じ意味ではありません。
日本相撲協会の2025年3月22日付公式クイズでは、張出について、横綱以下の三役で同じ地位に3人以上が並ぶ場合、東西それぞれの一人を正位とし、それ以外を張出と説明しています。
それぞれの言葉の意味
| 用語 | 読み方 | 意味・役割 |
|---|---|---|
| 関 | せき | 古い番付で第一に列した大関に相当する呼称 |
| 裏関 | うらぜき | 古い番付で第二に列した大関の古称 |
| 正位 | せいい | 張出制度において東西それぞれの基本位置に置かれた力士 |
| 張出 | はりだし | 番付の外枠に記載された力士や、その配置を表す呼称 |
| 張出大関 | はりだしおおぜき | 大関の地位で正位以外の位置に記載された力士 |
正位と裏関は同じ意味なのか
正位と裏関は、どちらも同じ地位における配置の違いを理解するうえで関係する言葉です。
ただし、成立した背景には違いがあります。
『古今相撲大全』では、第一を関、第二を裏関とする古い慣習が説明されています。
一方、日本相撲協会が現代の張出制度を説明する際には、東西それぞれの基本位置にいる力士を正位、それ以外を張出と呼んでいます。
したがって、正位と裏関をそのまま同義語として扱うのは適切ではありません。
正位は張出制度における基本位置の呼称、裏関は江戸時代の古い番付慣習に由来する呼称という区別が重要です。
張出大関と裏関はどう違う?
両者の共通点は、大関の地位において第二の位置に相当する力士を表す点です。
辞書が裏関を現在の張出大関に相当すると説明しているのも、この関係によります。
しかし、裏関は江戸時代の古い配置方法に由来する言葉であり、張出大関は近代以降の番付における具体的な記載方法です。
したがって、歴史的な背景まで含めて理解するなら、裏関は張出大関の前身に近い概念であり、両者は時代の異なる番付表現と整理できます。
【張出制度はなぜ廃止された?】1994年の大相撲番付改革
裏関と張出大関の関係を理解するには、張出制度がいつ、なぜ使われなくなったのかを知る必要があります。
張出は、番付の外枠に力士の名前を記載する仕組みでした。
同じ地位に複数の力士が並ぶ場合、基本位置にいる力士と、それ以外の力士を番付上で区別する役割を持っていました。
1994年7月以降、張出が消えた
日本相撲協会の公式説明によると、張出は平成6年(1994年)7月以降の番付には見られなくなりました。
それまで存在していた張出横綱、張出大関、張出関脇などの表記が、番付から姿を消したのです。
集英社オンラインに掲載された元NHKアナウンサー藤井康生氏の解説では、1994年5月場所が張出制度の最後だったと説明されています。
両者を整理すると、1994年5月場所を最後に張出が使われなくなり、7月場所以降の番付には登場しなくなったということです。
廃止の背景には若貴ブームによる力士数の増加
張出制度がなくなった背景として紹介されているのが、番付表のスペースの問題です。
平成に入ると、いわゆる若貴ブームによって大相撲への関心が高まり、入門者が増加しました。
特に序二段などの下位の番付に掲載する力士が増え、番付表に記載する四股名の数も多くなりました。
番付は、行司が独特の書体で力士の名前を書き込む伝統的なものです。
しかし、掲載人数が増えれば、限られた紙面の中に全員の名前を収めることが難しくなります。
そこで、番付の左右に設けられていた張出用のスペースをなくし、全体の枠を広げる方法が採られました。
藤井氏の解説によれば、これが張出廃止の大きな理由でした。
1890年には張出大関をめぐる出来事も
張出制度の歴史には、もう一つ興味深い出来事があります。
明治23年(1890年)5月、横綱免許を受けた大関・西ノ海が、自身を張出大関として扱うことに不服を申し立てました。
当時は、横綱が現在のように独立した地位として確立していたわけではなく、免許による称号という性格を持っていました。
この問題を受け、日本相撲協会は番付に「横綱」という文字を記載しました。
これが番付に横綱の文字が登場した最初の例とされています。
張出という配置方法をめぐる問題が、結果的に横綱という地位の確立につながる歴史的な出来事になったのです。
【2026年最新】大相撲の番付制度と大関の位置づけ
2026年10月31日現在、大相撲の番付制度は、横綱・大関・関脇・小結・前頭などの現行の地位によって運用されています。
裏関という古い呼称は、現行の番付に採用されていません。
現在の大相撲の基本的な番付
| 地位 | 読み方 | 位置づけ |
|---|---|---|
| 横綱 | よこづな | 最高位 |
| 大関 | おおぜき | 横綱に次ぐ地位 |
| 関脇 | せきわけ | 大関に次ぐ地位 |
| 小結 | こむすび | 三役の一つ |
| 前頭 | まえがしら | 幕内の平幕 |
大関は、現在も横綱に次ぐ重要な地位です。
かつて横綱が独立した地位として成立する以前には、大関が番付上の最高位でした。その後、横綱の地位が確立されたことで、大関は現在の位置づけになりました。
2026年も番付は年6回発表される
日本相撲協会の公式説明によると、本場所は年間6回開催されています。
- 一月場所
- 三月場所
- 五月場所
- 七月場所
- 九月場所
- 十一月場所
各場所の成績をもとに、力士の番付が編成されます。
番付編成会議は本場所終了後3日以内に開催され、横綱・大関・十両への昇進は直ちに発表されます。それ以外の地位は、次の本場所前に発表される新番付で明らかになります。
2026年11月場所にも見られる現行制度
日本相撲協会が公開している2026年11月場所の番付トピックスでは、関脇の藤ノ川、熱海富士や、新小結の美ノ海などが紹介されています。
このように、現在の番付では、同じ地位に複数の力士が並ぶことがあります。
かつてであれば張出として番付の外側に記載されていた可能性のある力士も、現在は通常の番付枠内に記載されます。
つまり、同じ地位に複数の力士がいること自体は現在も変わりませんが、その表示方法が変化したということです。
歴代大関を調べる際のポイント
日本相撲協会の公式サイトには、昭和以降の歴代大関をまとめた資料があります。
四股名、出身地、大関在位期間、優勝回数などが掲載されており、歴代大関の実績を調べる際に役立ちます。
ただし、歴代大関の一覧と裏関の歴史は、分けて考える必要があります。
裏関は特定の力士の四股名でも、大関経験者に与えられる称号でもありません。古い番付における配置を示す歴史的な呼称です。
【プロの結論】裏関を知ると大相撲の番付の歴史が分かる
裏関という言葉の面白さは、現在では使われない一つの相撲用語から、江戸時代の番付制度、明治時代の横綱の成立、平成時代の張出制度廃止までをたどれることにあります。
特に押さえておきたいのは、次の3点です。
第一に、裏関は大関より下の階級ではないこと。
第一の「関」に対して、第二に列する力士を指した古い呼称です。関脇や小結とは異なる概念です。
第二に、裏関と張出大関は歴史的なつながりがあるものの、同一の制度ではないこと。
辞書では現在の張出大関に相当すると説明されていますが、裏関は古い配置慣習に由来し、張出大関は近代の番付表における記載方法です。
第三に、1994年の張出制度廃止によって、現在の番付には裏関に相当する呼称が残っていないこと。
同じ地位に複数の力士が並ぶ仕組みそのものは続いていますが、番付上の表記が変わりました。
この3点を理解すれば、古書に登場する裏関と、現在の大相撲の番付を混同せずに読み解けます。
【うらぜきに関するよくある質問(FAQ)】
Q1:うらぜきは何と読みますか?
A1:漢字では「裏関」と書き、「うらぜき」と読みます。大相撲で次位の大関を指した古い呼び名です。
Q2:裏関は大関より下の地位ですか?
A2:いいえ。大関という地位の中で第二に列する者を指した呼称です。関脇とは異なります。
Q3:裏関と張出大関は同じ意味ですか?
A3:辞書では現在の張出大関に相当すると説明されています。ただし、裏関は古い番付慣習に由来する呼称で、張出大関は近代以降の番付表における配置を表す言葉です。
Q4:裏関はいつ頃使われていた言葉ですか?
A4:『古今相撲大全』には、正徳6年(1716年)以前の古い配置慣習として説明されています。同書は宝暦13年(1763年)の資料です。
Q5:張出制度はいつ廃止されましたか?
A5:1994年に廃止されました。1994年5月場所が最後となり、日本相撲協会の説明では同年7月場所以降、番付に張出は見られなくなっています。
Q6:2026年現在、裏関という地位は存在しますか?
A6:存在しません。現在の大相撲では横綱・大関・関脇・小結・前頭などの地位が使われています。裏関は歴史的な相撲用語として残っています。
まとめ:裏関は江戸時代の相撲文化を伝える貴重な古称
うらぜき(裏関)は、かつての大相撲で第二に列する大関を指した古い呼称です。
その由来を伝える『古今相撲大全』には、第一を「関」、第二を「裏関」と呼んだ慣習が記されています。
その後、番付制度の変化とともに裏関という呼称は使われなくなり、近代の張出制度も1994年に姿を消しました。
2026年現在、裏関という地位はありません。しかし、張出大関との関係や、横綱の地位が確立するまでの歴史を知るうえで、重要な意味を持つ言葉です。
裏関を理解することは、単に古い相撲用語を覚えることではありません。大相撲の番付がどのように成立し、変化し、現在の形になったのかを知るための手掛かりなのです。 (出典: うら ぜ き(Yahoo!ニュース))